第12話 「バゲットで殴れば完璧だったのに──」ネリオは語る
王都のギルドは、昔と少しだけ変わっていた。
新しい看板、新しい顔ぶれ。
でもカウンターの受付嬢は相変わらず眠そうに仕事をしていて、それが少しだけ俺を安心させた。
「……あんた、ユウマじゃないのか?」
声をかけてきたのは、かつて同じギルドに登録していた男。
適当に挨拶を交わし軽く近況を話した後で、ぽろりとその男が言った。
「そういえば隣町に、最近ちょっと変わったパン屋ができたんだよ。毎朝、岩みたいなバゲット焼いてるそうだ。
焼いてる奴、元冒険者だったって噂だけど……怪我して引退したそうなんだよ。もしかしてエイドじゃねぇのかな……」
その一言で、俺は足を止めた。
ふらりと足が向いた先、そこは小さなパン屋。
昼を過ぎても行列ができていて、客の声が絶えない。
覗き込んだ先にいたのは片腕を庇うように使いながら、それでも真っすぐな目でパンと向き合っている男だった。
俺はしばらく無言で立ち尽くしていたが、やがて何も言わずにその場を去った。
◆
その晩、宿に戻った俺のもとに、一本の手紙が届いた。
差出人の名を見た瞬間、心臓が跳ねる。
──エイド。
封を開ける手が、わずかに震える。
そこには妙に達筆な筆文字でこう書かれていた。
「件名:元パーティーメンバーより再会の願い」
手紙にはこう書かれていた。
『王都に来てるんだろ? もう1度お前と話をしたい』
悩んだ末、俺はヒナタとネリオには内緒でこっそり会うことにした──。
待ち合わせ場所に指定されたのは、ギルド裏の古びた訓練場跡だった。
俺たちがまだパーティーを組んでいた頃、何度も剣を交わした場所。
実際にはエイドとメイが、だが――。
今では雑草が伸び放題で、壁の的も半分崩れている。
「……来たか」
その声に振り返るとそこには懐かしい顔と、今もなお背負い続けている傷痕があった。
「久しぶりだな、クズ勇者。いや……、まだ勇者候補か?」
肩で風を切るように歩いてきたエイドが、目の前で足を止めた。
少し俺を嘲るような口元とは違いその視線は鋭く、けれどどこか懐かしさを孕んでいる。
「……噂、聞いたぞ。王都でパン屋してるって」
「見に来たくせに、挨拶もしないで帰るとか──。変わってないな、お前。
逃げグセも相変わらずだ」
「やかましいわ。……少しは変わったと思ってたんだがなぁ」
「そうか? 俺にはそうは見えないな。……あの時のケガが原因で俺は一線を退いた」
「……」
「けどまあ……」
エイドはほんの少しだけ、目を細める。
「今のパン屋の俺には、あの頃の勢いはもう無い。だから、お前を殴らせろ。
言葉より、その方が早いだろ?」
言うが早いか、エイドは俺に向かって殴りかかる。
モロに奴の拳を受けて、後ろへ吹っ飛んだ。
「ちょっ! おい、待てって! 話せば分かる!」
「問答無用! おらあっっっっ!」
「クソッ! エイド、お前がその気ならここでケリをつけてやるぜぇッ!!!」
【スキル:逆ギレカウンター】
俺は叫び、奴に向かって拳を振るう。
その姿はかつてのクズ男とは思えない、異様にキラキラした立ち姿。
背後には、どこからともなくスポットライト(誰が設置したんだ)が差し込んでいた。
いつの間にか集まっていた群衆が熱狂する。
「うぉおおおおお! クズいけぇええええ!」
野次馬たちの謎の応援を背に、俺は突撃する。
対するエイドは、元Sランク冒険者。噂じゃ、単騎でドラゴンの群れを追い返したこともあるらしい。
筋肉美コンテスト3年連続優勝というパーフェクトスペック、だそうだ。
野次馬たちは大興奮で叫んでいた。
「おい見ろよ、筋肉界の星とクズ勇者の夢の対決だってよ!!」
「今年もパン屋のエイドさん、優勝じゃねぇ!?」←何の話だ?
――泥まみれの取っ組み合いのくせに、なぜか熱いBGMが脳内に流れていた。
「……お前に、俺は倒せない」
「さあ、どうだかな!」
俺の拳と、エイドの拳がぶつかり合う。
ギャグでは済まされない、互いの想いと記憶が激突する。
「エイド……。失って気づいたんだよ、俺。……本当にクズだったんだって!」
「おい、急に自己肯定感下げるな!」
「けどな、そのクズを許してくれた奴らがいた。支えてくれた仲間がいた! パンツを洗ってくれた村娘もいたんだよぉぉぉ!」
「最後の情報いらないだろ!!」
真剣なバトルの中に全力でギャグを混ぜてくる俺に、ついにエイドが笑った。
「……くだらない。だが、俺はそういうの嫌いじゃなかったのかもな」
――ボカッ。
手応えがあまりに強くて、思わず息を呑んだ。
「……やべ。スマン、止めるつもりだったのに」
俺の拳が、エイドの顔面にクリティカルヒット。
奴は吹っ飛び地面に膝をつく。
「これが……。お前の答え、か……」
エイドの周囲に、幻影のように過去の記憶が浮かぶ。かつてパーティーとして共に戦った日々。
そして、クズだったけどバカみたいに前だけ見てた俺。
「……やっぱり、お前はどうしようもないクズだった」
そう呟いて、エイドはその場に崩れ落ちた。
……ふと、誰かの視線を感じて顔を上げる。
建物の屋根の上。
あいつは、いつの間にかそこに座っていた。
「ふむふむ、友情ってのは拳で語るものなんですねぇ」
ネリオがどこか楽しそうに笑って、指をひらひらと振る。
その姿は、次の瞬間にはもう──消えていた。