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第10話 人の忠告は聞きましょう!?

 王都に来て数日が経ったある朝──。

 

 ヒナタはパンケーキを焼いている。例によって焦げてはいるが。

 ネリオは後ろからのぞき込むと、ふと呟いた。


「……ふむ、やはりパンケーキから魔力の気配がしますね。静かに流れている……。

あなた、魔族の血が入っているでしょう?」


「はあ!? ネリオ、お前なに言って……!」


 ヒナタの手元から、フライ返しに乗っていたパンケーキがぽとりと落ちた。

 彼女は硬直したまま動かない。


「魔族……? そんな、私がですか……?」

「ヒナタ、大丈夫か!? ネリオ、詳しく説明してくれ……」


 俺たち3人は、小さなテーブルを囲むようにして椅子に腰かけた。


「あ、あの……私に魔族の血が流れているって、本当なんですか?」


「ええ、間違いないと思いますよ? 貴方の焼くパンケーキには、魔力が込められていますから。

……ほら、私の手元を見ていてくださいね?」


 ネリオはそう言うと、焼きたてのパンケーキに手をかざす。

 彼の手によってすくい上げられるように、赤い渦を巻いた小さな球状の物体が現れた。


「これがヒナタさんの魔力です。……実に、綺麗な色ですね」

「ネリオ……、お前一体何者なんだ……?」


 彼はふっと微笑むと、赤い球体をそっとパンケーキに戻す。


「……私にもヒナタさんのように、魔族の血が流れていましてね」


 俺は彼の言葉の続きを聞こうと、身を乗り出した。

 ふと隣を見ると、ヒナタが小刻みに震えていた。まるで何かに怯えるように。


「ヒナタ……?」


「私……。ずっと、ずっと嫌われてた。カイルにも、屋敷の人達にも……。

何もしてないのに……、ただ黙って耐えてただけなのに……」


 ── その瞬間、部屋の空気が変わる。


 机がガタガタと揺れ始め、窓ガラスにはヒビが入った。


「おい、ヒナタッ! 落ち着けっ!」


 ネリオは立ち上がると、彼女の側に一歩近寄る。


「……おや、これはいけませんねぇ。今にも強い感情が吹き出しそうです」

「なに悠長なこと言ってんだよ、ネリオ! ヒナタ、落ち着けって!」


 ネリオはスッと手を前に出すと、パチンと指を鳴らした。

 

 その瞬間、圧し掛かるような気配が、まるで風のように消えていく。

 揺れていた机も、嘘のように静まった。

 

 ヒナタは肩で息をしながら、涙をポロポロと落としていた。


 声も出さずに――。


 そっと彼女の肩に手を置くと、小さな肩がビクリと跳ねる。


「……ヒナタ、大丈夫だ」


 彼女は泣きながらも俺の方を見て、小さく頷いてくれた。

 ネリオが、ぼそりと呟く。


「……やはり、観察に値する反応でしたね。彼女の感情は、本当に純粋だ。」

「ネリオ、お前『観察』ってなぁ……。もうちょい別の言い方、ないのかよ?」


 ネリオはすみませんと笑って、椅子に座り直す。


「さて、次は何を話しましょうか。……もし差し支えなければ、ヒナタさんのお話を聞いてみたいのですが」


 彼の言葉に呆れつつも、俺は気付いた。

 ヒナタの過去について、知らないことばかりだ──と。


 しばらく沈黙が落ちた。

 ヒナタは、震える手を膝の上でぎゅっと握りしめている。


 彼女の呼吸が、胸の奥でさざめいているようだった。


「……私、思い出すだけで苦しいんです」


 彼女の声は、か細く震えていた。

 でもその瞳は信じて欲しい、そう物語っている。


「私は、公爵家の娘でした。政略結婚で、カイル様のところに嫁いだんです。

でもあの屋敷でも……、居場所なんてどこにもありませんでした──」


 彼女の声が少しずつ熱を帯びていく。

 指先が小刻みに震え、視線は遠い過去を見つめていた。


「……料理も、あの頃はしたことがなかったんです。

貴族は使用人に全て任せますから、まさかパンケーキに魔力が宿るなんて想像もつきませんでした」


 そして、ふと声が落ちる。


「……それに私、子どもの頃から何かがおかしかったんです」


 その一言に俺は、自然と息を呑んだ。


「鏡が突然割れたり、窓ガラスが砕けたり……。私は何もしてないのに屋敷では『呪われてる』、そう噂されてました」


 ヒナタの震える声が、過去の影を掬いあげる。


「親も兄も、使用人たちでさえも……。みんな私のこと気味悪がって、遠巻きに見てました。

だからカイルとの縁談も、無理矢理承諾させられたんです」


「なるほど……、実に興味深い。ヒナタさんがカイルさんと離縁されたのは、どういった理由からなんです?」


(おいおい……。そこは大変だったね、とかじゃないのかよ……?)


 不躾なネリオを睨むが、彼は悪気が無いからだろうか気にもしていない。

 本当に興味があるだけのように見えた。


「ユウマは……、信じてくれる?」


 不安げに俺を見つめるヒナタを、安心させてやりたかった。


「……確かに俺はクズだけどな。お前の話を信じるぐらいの良心は持ってるつもりだけど?」


 ヒナタが少し目を見開いて俺を見つめると、頬に浮かぶ紅が揺れた。

 彼女はそっと涙を拭うと、小さく息を吐いて──絞り出すように、静かに言葉を紡ぎ始めた。

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