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白い腕

俺はしばらく、運転席の外に立ったまま、空き地の奥を見つめていた。

 まるで“彼女たち”がもう一度振り返って、戻ってくるような気がして。


 風が止み、周囲は妙に静かだった。

 車のエンジンも切っているのに、耳鳴りのような振動が後頭部にじわりと残っている。


 ふと、身体が冷えていることに気づき、ハンドルに手をかけて運転席に戻った。

 ドアを閉め、深く息を吐く。

 ミラーに映る車内は――誰もいない。


 だが、それは“視界”の上での話だった。


 エアコンを入れてもいないのに、後部座席から微かに涼しい空気が流れてくる。

 まるで窓を一つ、うっかり開け放っていたような、夜の外気が、車内をひたひたと這う。


 エンジンをかける前に、ルームミラーをそっと動かしてみた。


 するとそこには――後ろ向きの頭が、ひとつ。


 肩まで伸びた黒髪。

 揺れもせず、首の角度も変わらない。

 まるで、車の揺れにすら反応しない、置物のような存在。


 その姿を見て、俺は、

 何も見なかったことにしようと決めた。


 ミラーの角度を、そっと倒して下向きにした。

 反射するのは、自分のシャツの襟と、シフトレバー。

 それだけでいい。

 それだけで、今夜は終われる。


 ギアを「D」に入れ、ゆっくりとハンドルを回す。


 車体が夜道を滑り出したとき、

 助手席側のシート下で、何かが“さらり”と音を立てた。


 覗き込むと、そこにあったのは――白いタオル。

 それは、さっきの女たちの誰かが使っていた、会葬用の小さなハンカチかもしれなかった。

 だが、湿っていた。

 しっとりと、まるで井戸水に浸したかのような重さがあった。


 俺は拾わなかった。

 タオルを見下ろす時間だけが、妙に長く感じられた。

 そして、それが“置いていかれたもの”ではなく、

 **“残ってしまったもの”**なのだと気づいたとき、ようやくアクセルを踏んだ。

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