青山霊園南門前
霊園の南門に着いたのは、18時20分。
薄暮に包まれた霊園の敷地は、昼間の熱を含んだまま、じっと沈黙している。
門前の道沿いに、黒いスーツ姿の人々が静かに列を作っていた。
その列の脇に、タクシーが三台、横付けされていた。
俺はその三台目だった。
先に着いていた二台のドライバーは、無言で腕を組んで立っていた。
互いに顔見知りではあるが、こういう現場ではあまり言葉を交わさない。
時間帯と空気が、自然と口を閉ざさせるのだ。
数歩先に立っていた案内係の男が、無言でタクシー三台を順番に指さし、順次人を割り振っていく。
俺の車に向かって歩いてきたのは、喪服姿の女性二人だった。
年齢は、見たところ50代と40代前後。
母娘か、あるいは姉妹のような雰囲気だ。
ただ、二人とも、どこか陰のある顔つきをしていた。
「どうぞ、お足元お気をつけて。」
俺は慣れた口調で後部ドアを開けた。
彼女たちは無言で小さく会釈し、黙って乗り込んだ。
その一連の動作を、運転席に回ってからも自然と反芻する。
俺のクセなのか、癖になってしまったのか――
後部ドアを閉める際、俺は客の人数と顔を必ず確認するようにしている。
二人。
たしかに二人だった。
だが運転席に腰を落とし、ルームミラーを確認した瞬間――
三つの顔があった。
後部座席の中央に、もう一人、女がうつむいて座っていた。
白い顔。濡れたような黒髪。
喪服姿ではなかったように見える。
だが、顔ははっきりと映っていた。
一瞬、心臓が止まりかける。
――ああ、まただ。
その瞬間、全身から血の気が引いていく感覚と同時に、もう驚きはなかった。
青山霊園からの帰りには、よくあることだったから。
数年前にも同じようなことがあった。
六本木の近くまで乗せた喪服の女が、降りたあとも“何か”が残っていた夜。
以来、俺は“見ないふり”を覚えた。
ルームミラーをそっと少しだけ角度をずらす。
真ん中の女がうつむいたまま、かすかに口角を上げているのが見えた。
笑っているような、そんな気がした。