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幕間
梅雨が終わりきらない重たい空。
診察室の窓の外では、濡れた葉が風に揺れていた。
「……では、次回から治療を始めましょう」
医師の声は静かで、落ち着いていた。
桜さんは、まるで自分のことではないかのように頷いた。
「副作用として、吐き気や倦怠感が強く出る可能性があります。
食欲が落ちた場合は……」
説明の言葉が続く。
聞き慣れない薬の名前や数値が、頭の中を通り過ぎていく。
隣では、流くんが硬い表情でメモを取っていた。
ペンを持つ手が、わずかに震えている。
「……桜さん」
病院を出た後、駐車場で呼び止められた。
「……ごめん、なんか俺、全然役に立たなくて」
振り返ると、流くんは少し泣きそうな顔をしていた。
桜さんは微笑んで、彼の腕を軽く叩いた。
「いてくれるだけで、十分だから」
それでも流くんは、口を結んだままだった。
雲の切れ間から、細い陽射しが落ちてくる。
二人の足元には、まだ乾ききらない雨の名残が光っていた。
そしてこの日から、二人は“生きるための戦い”を、
一緒に歩き始めた。