ゲームの世界でもポンコツ?
白の国
ギルドマスターの執務室
黒いローブを羽織った男性が頭を抱えている。
コンコンとノックの音に顔を上げ、
「入りなさい」と言いながら、シルバーアッシュの長髪をかき上げた。
「しつれいしまーす……」チョロっと顔を扉から出し、こちらを伺う少女の顔があった。
「こちらへ、エージェントここは」
神妙な面持ちで、重厚な執務机を挟んでマスターの前に立つここは。
「早速だが……我がギルド未承認の亜空にて『夜闇を司るもの』との戦いがあったと報告書にあるが……」
マスターはペラッペラの報告書を横に置きながら、ふぅーっと溜め息をついた。
「黒い魔女ニュイですね〜強かったけど勝ちましたよ!」
どや顔でここはが胸をはる。
「うむ、それはご苦労だったね……だが……」
眉間をつまみながら、言葉を選ぶようにゆっくりしゃべるマスター。
(あー……これは怒ってる時のマスターの癖だわ……)
ここははあきらめた。
「ニュイによる亜空変動を止めたのは功績に値する……が」
「が?」
「君が魔道書庫から勝手に持ち出した『ルピナスの羽』が行方不明なんだが?」
「たぶんニュイがまだ持ってるものかとぉ……」
「本来なら来てはいけないはずの一般人まで、亜空とはいえ白の国に来てしまった件とか……」
「それは私に言われましてもぉ……」
その返答にイラッとしたマスター。
「今回の件で各所から苦情がきています。なのでエージェントここはには謹慎を申し渡します」
マスターが一枚の書類をここはに渡した『内示』と書いてあり、その後に(エージェント瀬乃心羽について無期限の謹慎とする)とあった。
「がーん・・・なんですか? 無期限って」ここはは思いっきり両頬を膨らませてぶぅーという顔をした。
「それぐらいの文言を書かなければならないほど、今回の件は重大なんだが……無期限といってもずっとって意味じゃない」
マスターは少しニヤリとして続けた。
「The Game of Sisyphusというゲームをクリアできれば謹慎終了だ」
「しーしゅぽす? なんですかそれ?」ここはの目が丸くなる。
「君の世界では、『岩おじ』の方が通りがいいかな?」
「げっ!」
思い当たるゲームがあった。確かギリシャ神話をベースにした岩を転がしていく、ただの罰ゲームという噂のあれだ。
「あ、各所の担当者からの要請で、必ず配信でプレイするように! との事です」
(あいつらぁ……見物する気マンマンじゃん)
◇◇◇◇◇◇
ここは 『と、いう訳で岩おじやる事になったんだよぉ』
Discordの『ポンコツMayトグループチャット』でここはがチャットした。
るな 『へぇ〜大変そうだね』髪の毛にゴムを巻きながら、るなが答えた。
ゆら 『最近みんなやってるよねぇあれ』ネイルを塗りながらの、ゆら。
ささは 『おじ? かわちぃおなごは出んの?』もう的外れな、ささは。
ここは 『もぉーみんな他人事だと思ってー、とにかく応援にきてよね?』
ささは 『はーい』
るな 『いけたら行くねー』
ゆら 『起きてたらいくねー』
ここはは、はぁぁとため息をしながらDiscordを切った。
◇◇◇◇◇◇
「ここはろー今日は岩おじプレイしてくよー」
配信を開始したここは。
「ミリ知らだから不安だけど、頑張ってくよー」
リスナーも「おー」っと盛り上がっている。
「じゃぁ始めますよーゲームスタート!」
「「「!!!!!!!!!!!!!!」」」
「え?」「え? なになに?」「はい?」
ささは、るな、ゆらの3人は突然『岩おじ』のゲームの中に召喚されてしまった。
「あれ〜? このおじ3人いるよ? ゲーム設定間違ったかな?」
ここはが不思議そうにコントローラーを左右に振る。
「ひぇぇ〜」3人の身体が勝手に左右に振られる。
「ちょっ! みんな見てあれ!」ささはが後ろを指差す。
すりガラスのような薄い幕の向こうに巨大なここはがコントローラーを持ちながらこちらを見ている。
「ちょっと!! ここちゃん! 私たち関係ないいいでしょうぉぉぉ!」
どうやら3人の叫びは、ここはに届かないようだった。
「ん〜っと、こうかな?」
ここはの操るコントローラーに合わせて3人はひとつの岩に張り付いた。
「おっっも!」「なにこの重量感!」「いやぁぁ! ネイルが割れるぅぅ」
「よーし! 3人のおじおじと協力してこの岩を頂上に届けるよー!」
涙目の3人と違って、やる気満々のここは。
「よいしょ、よいしょ」ここはの可愛いかけ声にリスナーが、
(可愛い〜)(癒しだぁ)(よいしょ助かる)等々書き込んだテキストが、ささは達の右の空間に流れていく。
「ふんぎぃー!」「おぉおりゃぁ」「もぉぉ〜ばかばか!」
ゲーム内では普段の配信では聴かせられないような叫び声と罵声が3人から発せられていた。
◇◇◇◇◇◇
「あと何時間これ押せば良いの?」
るながうんざりした声でつぶやく。
「るなちゃん、まだ始まったばかりよぉ」
ささはが答えた。
「ねぇ、このまま進むとあの赤いドラム缶に当たりそうだよ?」
ゆらが冷静に言う。
「そうだ! ゆらちゃんのポケットからスマホ出せない?」
ささはが思い出したようにゆらの顔を見る。
ゆらはゴソゴソとポケットを探り、
「あるよー」とスマホを出す。
「そうか! ここちゃんにルートを教えて、とっとと終わらせれば良いのね?」
るなの顔がパァっと明るくなる。
「あ、電話通じないやここ」ちぇっと舌打ちするゆら。
「だったらチャットで!」ささはが右の空間を見ながら言う。
うんうんと頷きながらチャットを始めるゆら。
(この先は爆弾ゾーンなので左にルートをとった方がいいです)
ゆらの打ったチャットが流れると、
「うーん、わたしこのゲーム初めてだから色々教えてくれるのは有り難いけど、そういう指示みたいなのは控えて欲しいな」
ちょっと困り顔のここは。
「なので、アナタの事はブロックさせてもらうねー」
ここはが言うと同時にゆらの打ったチャットが非表示になった。
(指示廚撲滅!)リスナーもここはに賛成していた。
「マジか〜」3人はガックリと肩を落とした。
と、バランスを崩した拍子に岩があらぬ方向を向く。
3人の手をすり抜けて下に転がり始めた岩。
「ちょーーーっと!!」3人とここはが同時に叫ぶ。
3人は大慌てで岩を追いかけるが、そのスピードに追いつけない。
登る時はゆっくりだったのに、落ちる時は速い速い。あっという間にスタート地点に戻されてしまった。
「あーー空が綺麗だな〜山が高いな〜」ここはの呟きにコメント欄では(現実逃避)と苦笑いされている。
ささはがゼイゼイ息を切らしていると、
「あったまキタ! やってやろうじゃないの!」
「これが片付いたら、ここちゃんに牛タンおごってもらうんだからね!」
るなの言葉にガッツポーズで応えるゆらささ。
さっき登った道をまた岩を押し上げて行く。
「よいしょ、よいしょ」再び気を取り直したここは。
ゲーム内では
「牛タン! 牛タン!」と掛け声がおかしい3人。
それぞれの目標に向かって、岩は「ごろごろ」と音を響かせていった。
◇◇◇◇◇◇
「ねぇ〜これいつまで続ければ良いの〜?」
「るなちゃん、それさっきも言ってた」
牛タンの掛け声も小さくなった頃、再びやる気を無くしたるな。
突然ゲーム画面の真ん中に、
『Xボタンで、おじに気合を入れる事ができます』と表示された。
「ふーん、何だろう?」
言いながら、一番右のおじを選択してXボタンを押してみるここは。
「ひぎゃ!?」
ささはのお尻が、突然現れたでっかい手の平で叩かれた。
「あ。何これおもしろーい、おじがビクって反応するんだ」
面白がって2度3度とXボタンを押してみる。
「んぎゃ! 痛い! んもー」痛さで涙目のささはを見て、真面目に頑張ろうと思ったるなゆら。
痛さに耐えかねたささはは
「おまもり!」と盾を出す。ガいーんと音がしてでっかい手を弾いた。
「自分のお尻を、おまもり! する日が来るなんて……」盾使いの間違った盾の使い方にひっそり涙するささは。
「あれ? おじが防いでる? つまんないの〜」ここはの発言を聞いたささはは、
「ここちゃーん……あとで体育館の裏に集合よぉ……」
◇◇◇◇◇◇
ごろごろごろ
謎に心地いいBGMとなった岩を転がす音。
地面の状態によって音も変化する凝ったものだ。
だが足元はぬるぬる泥地獄だったり、ツルツル滑る氷地獄。
ちょっとしたミスで岩が下に落ちるトラップに叫びながらゆっくり登っていく。
「さむーい」ゆらがジャケットを羽織り直す。
雪のステージは足元も滑るが、温度も寒くて手がかじかむ。
「ちょっとぉ、本当に寒いんですけど」
布面積の少ない衣装のるなはガタガタ震えている。
「わたしのコート貸せればいいんだけど……」
ささははダッフルコートを脱ごうとしてあきらめた。
「ママに新衣装をお仕立てしてもらわないと、自分たちじゃ着替えも出来ないもんね……」
バーチャルだから何でもできる……わけではないのだ。
◇◇◇◇◇◇
『女神タイム発動!』
画面にまた変なのが出た。
『女神の出題する問題に左右キーで選択、正解なら進めるが不正解の場合、岩が弾かれて落下する』
サラッと理不尽な事が書いてある。
ここはから見ると、おじ3人の前方に光輝く球が現れた、どうやら球の中にうっすら人影が見える。
「あの中に女神様がいるのか……」
「あれ? ちょこちゃん?」
3人からちょっと離れた前方に『星宮ちょこ』が現れた。
「え? ささちゃんるなちゃんゆらちゃん? 何で私のモニターに映ってるの?」
星宮ちょこがびっくりした顔で3人を見つめた。
「なぜ岩を押してるのか?」
けらけら笑い出した星宮ちょこ。
「わたし達が聞きたいわよ〜」
ゆらがぷぅとほっぺた膨らませた。
「ちょこちゃん今日は実写配信なんだ?」
ささはがちょこの方をまじまじ見ながら、ヘラっと笑った。
「え? マジか! やべぇ」
星宮ちょこの後ろ、テーブルの上や下は片付けていない物が散乱していた。
「見ないでよ〜てか、まだ配信してないよぉ」
星宮ちょこは混乱している。
「では、問題を読み上げます」星宮ちょこは突然ゲームマスターのようになった。
(え? 私なに言ってんの急に?)
「第一問。きゅうりの水分量は?」
右→50%
左←95%
「きゅうりって結構固いよね? 水分量50%ぐらいじゃないの?」
ここはは右を選択した。
「左の95%以上です!」
ゆらが突然叫んだ。
「おっしゃーー!」
るなが右に傾いた岩を強引に左に向かせた。ささはも左に体重を傾けてるなをサポートした。
「おわゎ?」
ここはの目が白丸になる。
「てってれー正解です。では第二問」
(ねぇ私どうしちゃったの?)
声は冷静だが、顔が残念な事になってしまった星宮ちょこ。
「音楽家ジョン・ケージによる、4分33秒という楽曲にあるTACETとは?
右→4分33秒、音を出さない。
左←4分33秒、好きなように演奏する。
「4分半も音出さなかったら放送事故でしょ」
ここはは迷わず左を選択。
「TACETはラテン語で長い休みって意味で、音を出さない!」
るなが右を指し示した。
ゆらささも右へ岩を誘導する。
「えー? そっちじゃないよぉ」
ここはは焦って軌道修正しようとするが、おじ3人がそれを許さない。
「っててれー正解!」
(いやほんとかよ? 正解かどうかなんて知らないよ私)
星宮ちょこは笑い泣きの顔。
「ラッキーだったのか……」
ここははホッと溜め息。
「では最終問題です」
星宮ちょこの言葉に、3人の目が爛々とした。
「ねぇ、これに正解すれば……」
ささはが口からよだれを出しながら楽しそうに岩を押す。
「そうね、いけそうね」
ゆらるなもニヤニヤしながら岩を押す。
「X=+これは何を現している?」
右→アラビア
左←フランス
「え? 何これ?」
ここは、ゆらるな、なぜか星宮ちょこも首を横に倒して悩んでるポーズ。
「ぜんっぜんわかんない」
ここははコントローラーを投げ出した。
ささはは問題をじーっと見てから、
「右よ!」
「オッケー! でもなんで?」と言いながら右に岩を押すゆらるな。
「Xはローマ数字で10、+は漢数字で10。つまりアラビア数字の10」
ささはが理の者ドヤぁの顔になる。
「んっテッテレー正解です!」
ささは達の岩を押すスピードが尋常じゃないほど速くなった。
もう星宮ちょこの真下に来ていた。
3人はおじとおいたんの顔で、口からよだれを流しながら星宮ちょこに迫っている。
危険を察した星宮ちょこは思わずスカートを押さえようとして、履いてない事を思い出した。
「きゃー! ぉ?」っと変な声をあげて椅子からひっくり返った。
その拍子におぱんつ全開、足にケーブルが絡まりパソコンのコンセントが抜け、ポップコーンをばら撒きながらプツンと星宮ちょこが消えてしまった。
「うきゅん! しましま〜」
「かわちぃおなごのぱんつはきちょうじゃ」
「かぁいいのぉかぁいいのぉ」
3人のおじはパワーをもらった。
◇◇◇◇◇◇
「この勢いで一気に上まで行けるんじゃない?」
頂上がすぐそこって雰囲気になってきた。
でこぼこもそれほど辛くない、岩を邪魔するのは途中にあるガレキの残骸だけ。
「よいしょよいしょ、いい感じよ」
ここはも手応えを感じている。
どっかーん!
突然でかい音がして、見ると目の前のガレキが巨大な怪物になった。
「何これー!」「ゴーレムぅう!」
ささは達に迫るゴーレム。だがあいつの目的は岩を奪う事。
「させるかぁー!」
ゴーレムの目前に立ちはだかる巨大な影。
「ゆらちゃん! っぽいJOJO?」
超巨大筋肉ゆらJOJOジョースターがゴーレムの手をがっちり掴む、ゴーレムと力比べだ。
「君がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!」
なんか恐いセリフが聞こえた気がする。
「このスキに早く行って!」
低い声でゆらボイス。
(ゆらちゃんを怒らせちゃいけない……)二人はガクブルしながらゆらJOJOを見上げ、
「うん」と頷き、岩を転がして行く。
ゴーレムの射程距離を離れて、ふと後ろを振り返ると
ぽーんと飛んでいく小さいゆらが見えた。
ゆらちゃんの貴重な犠牲は無駄にしないよ!
るなささが岩を最後の地点に向かって転がしている。
「見て! ささちゃん、あれが頂上よ!」
頂上! 見えるけど、見えるけど。一本道で障害物もない、ないけど!
「何なのよぉこの急坂はぁ」
るなささが一生懸命押しても、岩が前進しなくなってきた。
むしろ後ろに下げられそうな重さに耐えるのが精一杯だ。
「お待たせーヨイショぉ」可愛い声が後ろから支えてくれる。
「ゆらちゃん!」良かったー無事だったのね。
「ついでにもう一人連れてきたー」
ビックリ顔のここはが、ゆらに手を引かれてそこにいた。
「え? みんな……また騙されてここに来たの?」
「あー! リーダー!!」
「やったー! ポンコツMayト勢揃いだあー」
「ある意味騙されたといえば、騙された」
ゆらるなささはが、ここはをジト目で見る
「ゴメンって」ここはは色々察して苦笑いで謝った。
「あれ〜? じゃぁ今、誰が配信してるの?」るなが後ろを振り返えろうとしたが、岩がググッと下がりそうになる。
「やばいぃぃ!」4人全員で岩を支えた。
続く