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短編

帰ってきたら全部バレてた

作者: 猫宮蒼

 急募 倫理観的な話。




 異世界の存在が知られるようになって幾星霜。

 と、大袈裟な感じではあるもののその存在が明らかになったのは事実で、それと同時に異世界に関する法律なんてものも急ぎで出来上がったりもした。


 異世界の存在が証明されたといっても、こちらから自由に行き来できるわけではない。


 ある日突然召喚されるのである。

 そう、一部の人はよく知ってる、勇者召喚だとか聖女召喚だ。


 自分から好き好んで異世界に行くならもう帰ってこないとしても仕方ないが、召喚される者たちは望む望まざる関わらずなので、最初の頃はそりゃもう大変だった。

 ある日突然行方不明。生活に不満があるでもなく人間関係も良好で揉めているなどという噂もない。そんな人間がある日どこを探してもいないのだ。


 家族や友人、恋人といった行方不明になった相手と関わりのある者たちは心配すぎて食事も微妙に喉を通らないし、ましてや睡眠時間も減って体調不良を起こしたりもしたくらいだ。

 いなくなってもどうでもいい相手ではない。大切な人なのだ。そんな相手が忽然と姿を消せば、もしや何かの事件に巻き込まれたのでは……!? と勘繰りもするだろう。


 確かに事件に巻き込まれた。


 ただ、まだ異世界の存在が明らかになる前はまさか拉致された先が異世界だなどとこれっぽっちも思わなかっただけで。


 捜索したところで手掛かりがないのは当然だった。


 ただ、その後無事に異世界からの帰還を果たした者たちが現れた事で、最初は勿論荒唐無稽だと言われ頭の病気を疑われもしたけれど。

 同じように異世界から帰ってきたという人がどんどん増えて、一部の者は物的証拠もあったので。

 夢物語か与太話だと思われていた異世界の存在はそこから爆発的に広まったのである。


 この世界で行方不明になった場合、七年ほど経過した時点で家族が死亡届を出す事ができるのだが、しかし異世界案件だと下手をすれば数十年単位で戻ってこない事もある。

 それゆえ、異世界に召喚されたと判明した時点で失踪届も無効になる。


 異世界に召喚されたんです、とか言って密かに殺して、という事件もあったがそこはさておき。


 召喚されるときは大体その当人の足元に魔法陣が浮かび上がるので、とてもわかりやすかった。

 ただ、召喚先の世界が人によって異なるので、異世界とやらが果たしていくつ存在しているのかは未だ未知である。


 向こうの世界で命を落としたかもしれない者、こちらの世界を捨てて二度と戻らぬと永住する者、召喚される前とはすっかり見た目も変化してしまっても、それでもこちらの世界に帰ってきた者。実に様々であった。



 さて、そんな中、勇者召喚されて五年後無事に帰ってきた青年は、就職難に陥っていた。

 異世界に召喚されるのは不可抗力なので履歴書に空白の期間が出来てもそれは仕方がない。本人が遊び惚けていました、とかならまだしも、本人だって異世界にある日突然召喚されるなんて思ってもいなかったのだ。


 無事に帰ってこれただけでも充分すぎる程、と言っても良い。

 中には異世界で命を落として二度と故郷に帰れない、なんて者もいるのだから。



 召喚される前の青年は、学校のクラスの中では割と上の立場だった。

 スクールカーストは学年が変わってクラスが変わってもいつだって上の方にいたし、成績も悪くない。内申だって悪くなかったはずだ。

 確かに履歴書に一部空白の時間が出来てしまった事は問題があるかもしれないけれど、それでも不可抗力だ。それを理由に雇わない、というのは法に反する。


 だが、どれだけ就職活動をしても最初は手ごたえを感じるものの、最終段階になった時点で落とされる。

 最初から望み薄だと思えるところもあったが、それにしたってこうも連続で落とされるとまるで自分は無能なのだと言われているようでとても凹んだ。


 あまりにも連戦連敗だったので見かねた親戚が声をかけてくれて、そうしてその伝手で面接にこぎつけたのが今回の会社だった。

 都会から少し離れた半分田舎、みたいな土地で小さな個人経営の会社をしている男は、小太りで人のよさそうな顔をしていた。

 親戚の気のいいおっちゃんと言われたらまぁ、誰もがそんな感じ! と言ってくれそうではある。


 だがその男は困ったように眉を下げていた。

 この時点で望みがない、と青年は理解するしかなかったのだ。


「うーん、折角だけどね、あの人の紹介なら……って思ったんだけど、ウチでは難しいかなぁ……小さな会社だからね。逆に君みたいな人はちょっと」

「え、あの」

「紹介されるのが君だと知らなかったんだ。知っていたら最初から断っていたよ」

「そんな。あの、何か、何が駄目なんでしょうか?」


 何度も面接を落とされて、お祈りメールをもらい続けてきたのもあって、こうして直接お断りだと言ってきた相手は実のところこの男だけだった。だからこそ、何が駄目なのか、というのを聞く良い機会だとも思った。


「あの人、そういやネットあまり見ないもんなぁ……あのね、君は確かに異世界に召喚された。だよね?」

「は、はい。そうです。あの、その間の空白期間が問題なんですか……?」

「いや違うよ。そこは理由にならない。原因の一端を担っている、と言われたら否定はできないけどね、そのぅ……君の事はね、かなり有名なんだよ。ただ、世間を賑わせると大変な事になる、と周囲もわかっているから何も言わないだけで」


「……どう、いう事ですか……?」


「異世界に召喚された相手が向こうの世界で何をしてるかなんて、それこそ知りようがないだろう?

 だから今までは問題にならなかったんだけどね。

 けれど、知ってしまった以上は知らなかった頃には戻れないし、何もなかったように振舞うのは難しいという事だよ」


 男は頭から流れてくる汗をハンカチで拭い、ふぅ、と一つ大きく息を吐いた。


「きみ、向こうの世界で人殺したでしょ」

「っ……そ、れは……」

「わかってるよ。勇者として召喚された以上、敵を倒さないといけない。そもそも向こうの世界での出来事をこちらの法律で裁く事はできない。

 ただ、それだってやむを得ず、という状況だから皆仕方ないって思ってる。

 でも君は、向こうの世界で一緒に召喚されたお友達を殺したよね。それも、ただ邪魔だからって理由で」


「そんな、違います、違いますなんでそんなっ……!?」


「君は、知らないのかな。ネットで動画を配信するやつがあるだろう? ゲーム実況だとか、肝試しに廃墟に行くだとか、何かそういうの。生憎私もそこまで見ているわけではないんだ。

 ただ、ある異世界の神様とやらが、こっちの世界で異世界配信っていうものを始めてね」

「……は?」

「異世界に召喚されてしまった人が向こうの世界でどうしているか、を配信している動画サービスなんだよ」

「……え」


 男の言葉に青年は何を言われているのか理解したくなかった。

 それじゃあ、つまり。

 自分が向こうの世界でしてきた事が……全部、バレている……?


「旅の恥は搔き捨て、とはよく言ったものだけれど。

 勇者として召喚された君は一緒に召喚されたお友達と魔王を倒す旅に出た。その途中で、現地で知り合った女性と性的な行為に及び妊娠させる。合意であったならいいよ。でも、望まない人だっていた。

 君は勇者である事をちらつかせ、助けてほしくば、と脅してもいたね。

 望まぬ妊娠をした女性の事を手酷く捨てて、結果としてそれを見かねたお友達に注意されて、カッとなって殺した。

 全部、動画で配信されていたんだよ」


「ぅえっ……」


 こちらの世界なら色々とアウト判定食らって削除されそうな動画の内容であっても、異世界の出来事だ。故に、どれだけ過激な内容であろうとも動画は削除されなかった。ただし、見るためには年齢制限がかかっているので誰でもそういった動画が見れるわけではない。


 一応性行為の際は若干向こうの神様もほわんほわんボカしてくれているけれど、それ以外のシーンはモザイクも何もあったものではない。

 誰かを殺す場面、誰かに殺される場面、それらが一切何の手も加えられずに動画として配信されるのである。


 魔物に生きたまま食われる動画、なんていうのもあって、それを見たこちらの世界の家族が発狂した、なんていう事態もあったけれど。

 果たしてどちらがマシだったのだろうか。知らないまま、生きているかどうかを心配し続ける日々と、遠い異世界で無残な死を迎えたという現実を知るのは。


「君が、お友達に説教なんてうぜぇんだよ、と言いながら何度も剣を突き刺すところも動画でばっちりだったよ。あのお友達は何も間違った事は言ってなかったのにね。

 あの後、魔王を倒してこっちの世界に君は戻ってきたわけだけど、思わなかったかい? 今までの君の知り合いがよそよそしくなった、とか家族がちょっと距離を取ってるだとか」


 男に言われて、青年はその心当たりに表情を顰めた。

 てっきり数年単位で家に帰らなかったから、異世界帰りの自分との距離感を測りかねているのだと思っていた。


 だが、男の言葉が事実であるなら――


「異世界での事だからね、向こうはこっちの世界と違って危険があるから、死ぬだの殺すだのが日常茶飯事だ。この世界の人間は異世界に召喚される事で絶大な力を得る、とされているから召喚は未だされ続けている。

 君が向こうの世界で使えていた強大な力はこっちの世界では使えない。そもそもこの世界に魔法を使うためのエネルギーとやらがないからね。


 でも、君が向こうでやってきた行いはあまりにも酷かった。皆警戒しているんだよ。女性を脅して無理矢理性行為に及んだりはしないか、気に入らない人間を簡単に殺したりしないか。

 向こうの世界で君はあまりにも好き勝手やっていたから、あっちの世界のノリでこっちの世界でやらかしたりしないだろうか、そんな風に懸念されているんだ。

 異世界での出来事で、仕方なかったと言われても。

 でも、人を殺した事のある人間、それも罪に問われたでもない相手だ。そんな人と一緒に仕事をしたい、と思う人間はうちの会社にはいないんだよ。

 せめてこっちの世界での犯罪歴だったなら、出所して罪を償った後なら、そういう枠もあるからどうにかなったかもしれないんだけど……異世界での犯罪はこっちの世界で裁けるものじゃないからね……」



 男の言葉から、つまりこちらの世界で青年の犯罪歴はないけれど、しかし異世界でやらかした犯罪はしっかりと知られているわけで。青年は人を殺しておきながら、女を犯しておきながら、しかし何の罰も受けないままのうのうと生きているという事になるのだ。

 裁こうにも現時点で異世界でやった罪に関してこちらの世界で裁ける法は存在していない。


 こちらの世界の法律に当てはめてなんでもかんでも罰していこうとすれば間違いなく破綻する。

 それ故にそこら辺はまだまだこちらの世界でも手探り状態だった。異世界がたった一つだけであればまだしも、複数存在すると判明してしまったのも原因である。

 異なる世界で、どこも同じ方法で生き延びる事ができるというわけではない。


 法を適当に定めてしまったら、とある異世界に召喚されてしまった時点で罪だ、なんて事にもなりかねないのだ。召喚される者は望んでされているわけでもないのに。


 せめてその犯罪をこちらの世界でやっていたなら、裁きようがあったのだ。

 青年が殺した友だった相手の親類縁者も、青年を激しく憎んでいるだろうけれど現時点では手の出しようがない。殺した証拠はあるけれど、しかしその死体は遠い異世界。弔おうにも不可能である。


 青年の友人たちがよそよそしかったのは、勿論その動画を見たからだ。

 こちらの世界では品行方正で真っ当な人間だったはずの相手が、異世界でやりたい放題しているのだ。

 それも、こっちの世界で見る限りかなりドン引きするような状態で。

 一緒に召喚されたお友達の方が余程勇者と言われるに相応しい人間性だった。


 あいつ、表はあんなだけど裏の顔ヤバイのな……みたいな感じで今まで青年と友人だった者たちは早々に距離を置いた。

 いつ、彼の機嫌を損ねて殺されるかもしれない、なんて考えたら普通は近づきたくもない。

 恋人とまではいかずとも仲の良い女性たちも、さっと距離をとった。

 女と見れば自分の性欲を満たす道具、みたいな扱いをしていた相手だ。しかも時には脅して無理矢理。

 そんな相手と仲良くなど、できるはずがない。



 異世界でやらかしにやらかしまくった男、と知られているので、そんな相手をいざ自分たちの会社に入れようものなら間違いなく会社全体の評判が下がる。

 例えばこれが、こちらの世界で犯罪をしてしまったけれど、服役して一応罪を償う期間はありましたよ、というのであれば被害者の遺族や友人たちの気持ちはどうあれ、罰を受けた期間があるのでまだ、周囲の人間も本当に反省しているようなら……という風に見るだろう。

 けれど青年はそういった法の裁きも受けていない。どころかこの世界での法は犯していないと堂々と生きているのだ。


 数年、異なる世界で強制的に過ごす事になった以上、向こうの常識が根付く事もある。

 それ故にこちらの世界に戻ってきてももし向こうの常識が出てしまった場合、つまりは何かの拍子に彼と共に召喚された友人のような末路を辿るかもしれないし、また向こうの世界の女性のような目に遭わされる可能性もある。

 一度箍が外れた人間が、そう簡単にマトモになるとは思えないし思われない。


 友人の遺族は勿論復讐をしたい気持ちで一杯だが、しかしいくら殺す理由と正当性があろうともこちらの世界で殺せば罪を負うのは遺族側である。だが、こうして動画で誰でも見る事が出来る状態で罪が明らかにされているのだ。


 いくら表面上好青年を装っても既に彼の残忍な人間性はとっくに明らかで。

 青年の家族がどこか腫れ物を扱うような態度であったのも、その動画によるものだった。


 指摘しなかったのは何故か。

 下手な事を言って逆切れでもされたらたまったものではないからだ。


「そういえば、君のご家族。近々引っ越すって言ってたけれど、君はそれを知っていたかな?」


 男の態度は殺人者を前にしている割に落ち着いている。

 仮にもしここで青年が暴れたとしても、応接室のすぐ外で控えている警察がすぐに取り押さえる事になっているから、というのもあるが、こう言えば青年が男に危害を加える可能性は低いと判断したのもあった。

 どこか余所余所しかった家族が、青年が家を留守にしている間に引っ越す。

 それを知った以上、目の前の男に暴力をふるう余裕などあるはずがない。


 実際男の読みは当たっていた。

 青年は面接の――そもそも最初から不合格が決まっていたから面接とは名ばかりであったが――途中で切り上げて、挨拶もそこそこに急いで応接室を出て、脇目も振らずに自宅へと帰った。


 ところが。

 青年が戻った時、彼が暮らしていた家からは、家族の誰もいなくなっていたのである。荷物も何もかもすべてが。

 リビングに青年の荷物だけがまとめられていて、トランクルームの電話番号と、手切れ金なのか幾ばくかの金銭が入った封筒。そして、家族の縁を切るという意味合いの手紙だけがそこにあった。


 自宅の持ち主であったのは青年ではなくその親で、きっと家の権利も手放したのだろう。

 であれば、青年が居座ったとして、そうなれば警察が捕まえる理由ができてしまう。


 異世界でやった事は裁けなくとも、別件でこちらの世界で前科がついてしまえば、本格的に青年が社会で生きていくのは難しくなる。

 と言っても、既に相当難しい状況なのだが。


 異世界に召喚されて、勇者だなんだと持ち上げられて浮かれて好き勝手振舞った結果、その因果に対する応報がまさかこちらの世界に戻ってきてからやってくるなんて青年はこれっぽっちも考えていなかったのである。


 ロクな仕事に就けないまま、青年は住む家をなくししばらくはマンガ喫茶などを転々としていたがやがて金が尽き最終的にホームレスとなった。



 ――別の世界に聖女として召喚された女は、いるだけで良いのです、と言われたからこそ滞在している間、それはもうのびのびと振舞った。

 聖女である事を有難がられ、周囲は女の好みの男で固められ、美味しい物を食べ、素敵な宝石やドレスに身を包み、素敵な素敵な殿方との恋愛も大いに楽しんだ。


 その異世界では聖女しか浄化できない瘴気とやらがあるらしく、いる間はその瘴気が浄化されていく。

 故に、浄化されるまでの間の滞在を願われていた。

 その間の生活に関するものは全て異世界負担である。

 女は元の世界ではいたって普通の一般家庭で暮らしていたので、それが一転してお姫様みたいに周囲が恭しく傅いてくれる生活にあっという間にのめり込んだ。


 聖女の機嫌を取れとばかりに彼女好みの男性がちやほやしてくれて、ホストにハマる女性の気持ちというのを異世界に来て女は理解したのである。

 ホストと違うのは、自分のお金を使うわけではないので入れ込みすぎて破産するだとか、そういうのがない事だろうか。


 ぬるま湯のような生活に女はどっぷりとハマって、男をとっかえひっかえして過ごしていた。

 このとっかえひっかえが単純に一緒にいて話をするだけ、とか一応健全な範囲であれば良かったが、年齢制限有のとっかえひっかえである。


 異世界召喚された者の様子を動画でお知らせするよ、という異世界の神の気遣いなど知らなかった女は、これによって乱交パーティーしまくった事実を暴露されまくった。

 女はそのままこの異世界に残っていた方が幸せだったのかもしれないが、しかし聖女の務めを果たしたとされて元の世界に帰される事となった。


 このままこちらの世界に残りたい、と言っていたならば、その先の生活は自分でどうにかしなければならないようだったし、その世界での仕事は女にとって馴染みのないものが多く、また簡単なものは肉体労働が多い。

 故に女はしぶしぶではあったが帰るという選択肢を選んだのだ。


 聖女としている間の生活の面倒は見るけれど、終わった後の働いてない穀潰しを養うつもりは向こうの異世界にはなかったので。



 まさか自分の乱交パーティーが動画で配信されていたなど知らない女は、こうして元の世界に帰ってきて職場復帰を果たしたのだけれど。


 まぁ、周囲の人間関係は以前と同じようにはいかなかった。


 女性からはいくらなんでもハメ外しすぎでしょう、とドン引かれ、男性はマトモな相手は流石にあれはちょっと……と貞操観の欠落っぷりに引き、遊びでなら付き合えるかも、と思ったチャラい層も、しかし異世界という未知の病気とかあってもおかしくないぞ? といったところで性病でももらってきてたならコトだぞ……!? と己の身に感染する可能性を考えて距離をとった。


 正直下手なアダルトコンテンツより激しかったのだ。

 おかげで彼女の異世界での生活動画は全年齢で配信など到底できず、最初の召喚された初日以降は全て年齢制限有りで未成年の閲覧はできない状態になっていた。


 一応向こうの世界の人間も避妊はしていたようだが、だからといって何の病気にもなっていないとは言い切れない。

 かといって、ブライダルチェックとか受けてきたら? なんておいそれと言えるはずもなかった。

 男性がそれを言えばセクハラと捉えられるかもしれないし、女性が言うにしても、そういったちょっと踏み込んだ話題ができる程仲の良い人物はいなかったのだ。


 女が幼い頃に両親には先立たれ、祖父母が面倒を見てくれていた。

 そういった生い立ちによる、愛情不足があったのかもしれない。

 そして祖父母もいい年齢になっているので、インターネットで動画を見る、という事はしないというかできないタイプであったから。


 異世界から帰ってきた女に今までと変わらず接していたけれど。

 もし事実を知れば流石に嫌悪するだろう案件である。


 身内の態度が変わらないまま、周囲だけがよそよそしくなっていた。

 けれど女はその事実を特に気にしなかった。

 元々親しい友人がいたわけでもない。

 会社の人間はあくまでも仕事上の付き合いしかない。

 とはいえ、そろそろ誰かしらいい相手と結婚してせめて祖父母にひ孫を見せてあげたい、という気持ちがないでもなかった。



 まぁ、女がそう思ったからとて、相手が見つかることはなかったのだが。


 周囲が案外大人の対応をしていたので当たり障りない付き合いしかなかっただけだ。


 そうして誰かいい相手がいないかなぁ、なんてぼやきつつ時間は経過し、祖父母の寿命がとうとう訪れ女の身内はいなくなってしまった。大往生だった。祖父母が若い頃に子を産んで、孫の誕生も早かったとはいえそれでもだ。


 いよいよたった一人になってしまった、と女は実感したのだ。

 他の親戚ももしかしたらいたのかもしれないが、付き合いなどほとんどなかったのでそもそも本当にそういった相手がいるかも定かではない。祖父母に聞けば教えてくれたかもしれないけれど、聞く機会が今までなかった。


 たった一人になった女は、途端に寂しさに襲われた。


 思い出すのは過去のあれこれ。

 祖父母との思い出だけではない。

 学生時代に友人と遊んだ事だとか、当時付き合っていた彼氏との思い出だとか。

 そういった人との関わりに関する事を思い出して、それから。

 それから、異世界に召喚されて向こうの世界でちやほやされていた時の事も思い出して。


 何だか無性に人恋しくなってしまった。


 だからといって、出会い系サイトに登録して、とかはしたくなかった。あまりいい話を聞いた事がなかったので、ちゃんとしたところなら大丈夫と言われてもそのちゃんとした、というのがどういうものなのか女は詳しくなかったので、それなら、と会社の知り合いに合コンに参加させてもらえないだろうか、と思ったのだ。


 だがしかし、当然ながら結果は芳しくなかった。


「あっ、あー、うん、そうだね、機会があったらね。今回の合コンはもう人数一杯だからサ……

 それにほら、あんまり有名人? 連れてったら、ねぇ?」


 声があまりにも白々しいし、視線も女と合わそうとしなかった。

 合コンの幹事をする予定だった相手が必死に言葉を濁した結果がコレである。


 女は有名人? と自分がそうだという自覚がないままであった。

 異世界に関する話題というのは一部デリケートなものもあるので、会社でおおっぴらに話をすることはなかったのだ。


 むしろ声高に女の異世界でのあれこれを話そうなんて者、少なくとも会社にはいなかったし、女と一切関係がない動画を見ていた人物も、下手なことを言って名誉棄損だのなんだのといった面倒ごとに巻き込まれたくはなかった。

 異世界絡みの案件はまだ法整備も整っていない状態なので、ちょっとした「この程度で」というものであってもとても面倒な事になりかねないのだ。

 実際裁判沙汰になった事もあるが、恐ろしい勢いで泥沼化するものばかりで、同じ世界の出来事であったならもっと早くに決着もついただろうけれど、そうでなかったばかりにとんでもない時間が消費されていくばかり。


 下手に裁判の途中で異世界に召喚されたら裁判は一時的に中断される事になるけれど、仮に戻ってきてまた裁判の続きを、となれば果たして本当に当事者が生きている間に決着がつくのかどうか……というものもあるくらいだ。


 最初の頃、異世界の存在が明るみに出始めたあたりでそういった事があり、未だに続いているとなれば誰しもいつかは我が身と考えて余計な事に首を突っ込まないようにと己を律した。

 おかげでやらかすのは後先考えないタイプばかりである。



 ともあれ、合コンの参加を断られた女は仕事帰りに適当な居酒屋に入った。

 チェーン店に一人は流石に寂しかったので、個人経営だとかの隠れ家的居酒屋を選んだのに、そこまで深い意味はない。ただ、こういった所を好む相手と知り合う機会ができたらな、というあわよくばも確かに含まれていた。



 だがしかし。


 その店の先客である男性数名のアルコールによるテンションが上がった状態の会話を聞いて、女は知ったのだ。


 自分の異世界でのあの日々が、動画になってこちらの世界で配信されていたという事実を。


 男たちの会話は酒が入ったことで遠慮も何もないデリカシーゼロな内容だったし、そこにはエロも勿論含まれていた。

 どのAV女優がいいだとか、あのグラドルの写真集はお勧めだとか。

 健全不健全混ぜこぜで、女は最初うわぁ、とちょっと辟易していたのだけれど。


 そこで、自分とは一切関わった事のない男の口から自分の名前が飛び出て、思わずそちらに視線を向けてしまったのである。


 同姓同名の人かしら、と女は最初思った。男たちが盛り上がっている中で、そっとスマホで検索してみる。

 そして、今更のように知ったのだ。自分の痴態を晒しに晒した異世界動画配信を。


 異世界案件は何がどう転ぶかわからないので、積極的に話題に出してくる人というのは案外少ない。

 もしもっと積極的に話題になっていたのなら、女だってもっと早くに知っただろう。


 その場で叫ばなかっただけ奇跡だった。


 えっ、あれを、全部見られて……!?


 下手なAVより抜ける、なんていう男たちの会話が容赦なく女にとどめを刺してくる。


 ついでに、あっちのおねーさんちょっと似てね? とかいう言葉も聞こえて思わず顔をそらしてしまった。

 似てるも何も同一人物ですが、とは流石に言えない。

 年齢制限有りとはいえ、アダルトコンテンツのようにモザイクがかけられたりしているわけでもない、というか流石に異世界の神はそこまで配慮してくれなかった――つまりは、自分の裸は余すところなく動画で配信されているのだ。


 ほろ酔い加減だったが一瞬で冷水を浴びたように酔いが醒めた。


 同時に、合コンに関して言葉を濁した会社の人間だとか、ほんのりと距離を感じるようになった人だとかがそれはもう一気に脳裏を駆け巡っていったのである。


 いやそりゃ距離置く。自分でも置く。というか気まずすぎて距離開くのは仕方ないっていうか、まぁどう考えてもそうなるよな、と理解はした。納得はしたくなかった。


 このおねーさんこっちの世界に帰ってきたとして、マトモに生活できんのかね? こんなん動画で配信されたら色々終わるじゃん? てか、その場合仕事先の人間関係とかやばくない? マトモに働けなくなったらどうすんだろ。その時はほら、アダルト関係でどうにかいけんじゃね?


 なんて会話がちらほらと聞こえてくる。

 女の周辺の人たちは気を使って、というか余計な面倒ごとに巻き込まれたくなくてその話題を出す事はなかったけれど、何も知らない人からすればAV女優と同列である、と知って。


 てか、性病とか大丈夫なんかねこのおねーさん、とかいう言葉も聞こえてきて。


 避妊をしていたから妊娠はしなかった。

 けれども、こことは異なる別の世界だ。どんな病原菌があってもおかしくはない。

 性病、という今更過ぎるものに気付かされて、女の顔はさぁっと青ざめた。


 仮に病院に駆け込んで検査をするにしても。

 もし何らかの異世界特有の病気が見つかったとしよう。

 だがしかし、召喚された異世界ならともかく既にこちらの世界に帰ってきた以上、向こうの世界特有の病気が果たしてこちらで治せるかは疑わしい。

 空気感染するような病気に罹ってはいないと思うけれど、しかし性行為による接触からの感染という可能性は常に存在する。


 会社で今まで少しだけいい雰囲気になっていた男性からも異世界から帰ってきて距離を置かれ始めていたけれど、それってもしかしなくても……と気付く。


 見られた?


 え、誰にどれくらい見られたの……?


 今更知ってもどうしようもない事ではあるが、女はそれでも考えていた。

 下手をすれば今まで何も知らず全裸で外を歩いていた、どころの話ではない。

 祖父母が知らないままでいてくれたことだけが、救いであった。


 もし知っていたならば、間違いなく叱られていたに違いないのだから。

 だが、救いと言えるのはそれくらいだった。

 それ以外は全然何も救われていない。


 むしろ今まで知らないままだった事も含めて、羞恥で死にそうだった。


 聖女として異世界でちやほやされていたとはいえ、女の神経はそこまで図太くはなかったのだ。

 ただちょっと、異世界、聖女、というどう考えても非日常極まりないシチュエーションとイケメンパラダイスにコロッといっただけで、最初から異世界での出来事はこちらの世界で配信されますよと知っていたなら。


 絶対に、あんなことはしなかったのだ。


 今までは知らなかったから平気だったけど、知ってしまった以上、周囲の自分を見る目が恐ろしくて仕方がない。

 早々に会計を済ませて女は家に急ぎで帰って、布団の中に頭を突っ込んでそれはもう全力で叫んだ。


 もう恥ずかしすぎてお外を歩けない。

 でも家族も誰もいなくなった今、引きこもるにしても生活費を稼がなければならない。

 いっそ死んでしまいたい気持ちもあるけれど、しかしやっぱりそこまでの度胸はなかった。


 というか、下手に自殺したとして、後日ワイドショーでネタにされる未来しか見えない。

 生きてるうちだと異世界関係は人によって地雷も異なるので、何が争いの種になるかわからないけれど、当事者が死んだとなればメディアによって面白おかしく扱われないとも限らないのだ。


 はよ! 法整備はよ!! という気持ちで一杯だが、まぁ女の願い虚しくそこら辺の法律がしっかりと出来上がるまでにはもう少し時間がかかるだろう。



 結局女はマトモに外に出る事すらできなくなって、退職代行を用いて仕事を辞めた後、自宅でできる仕事を見つけて細々と引きこもった。

 素敵な出会いがないだろうか、だとか合コンで誰か彼氏探そうだとか、少し前まで思っていたあれこれは今ではもう完全に黒歴史である。それどころか一気に対人恐怖症状態である。


 もう整形と改名手続きあたりで完全な別人にでもならない限り、ロクに外も出歩けそうにない。

 けれども整形のために外に出るのも今の女には難しい状態だった。



 結局女はずるずると引きこもり在宅業務で細々と生活し、その後ほとんど外に出ないまま人生を終えた。



 動画配信される以前に異世界に召喚され、そして帰ってきた者たちに関しても若干疑惑の目が向けられる事もあったけれど。だがしかしそういった者たちが異世界でどう過ごしてきたかなど知りようがない。本人の証言以外に証明できるものがないのだ。


 だが異世界での出来事が動画配信される、と知ってからは、異世界に召喚された者たちは自分の立ち居振る舞いに大層気を使うようになった。

 それでも時々、美少女たちに囲まれて羽目を外してしまうようなのはいたし、イケメンに言い寄られてやらかしたのもいた。

 今まで虐げられる側だったけれど、異世界で得た力で強者の側に立った途端に……なんていうのもいた。


 けれども、そういった者たちばかりではなかった。


 中には真摯に相手と向き合って、困難を取り除いていく者たちもいた。


 そういった者たちは異世界に行く前はあまりパッとしない評価だったが、しかし戻ってきてからの評価は一転した。

 異世界はこの世界の人間の本質を暴く場所、という風にみられるようになっていった。


 その後異世界に関する法案もそれなりに纏まってどうにか法整備も整ってきたけれど。



 まぁ結局のところやらかす奴はやらかすので。


 相も変わらず異世界の神が配信する動画は今日も今日とて炎上していたのであった。

 次回短編予告

 彼女が死んだと報せを受けた事を、きっと心のどこかで予想していた。

 けれども、死んだとしても何も思わなかった。

 だってもうすべては終わったことなのだから――

 っていう感じのその他ジャンルでの投稿になります。

 文字数は大体今回と似たり寄ったり。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか私生活(異世界)配信サービスされてるなんて! しかも本人の知らないところで!! [気になる点] 割とひどい話だなぁ(誉め言葉 でも、こういう被害?者が出るのはほんの一時だけよね。 …
[良い点] 淡々とした物語が進むのがとても恐ろしい! 良質のサスペンス映画みたい [一言] 神が最低すぎる 勝手に異世界に放り込んで、断りも同意もなく勝手にプライバシーを全世界公開って、これが善意から…
[良い点] お天道様が見ている。 [気になる点] お天道様が見ている精神のない国の人、ヤバない……?あ、でも、日本人にはあまり無い強いヒーロー願望とかで、逆にすげぇ救世主になりそう。 [一言] 性女……
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