表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/52

贖罪7

第7節


 やはり松永は、さらなる復讐をしてきた。

 松永はゲロ飯を床に置き、トレーを足で踏んづけた。何の真似だ? 俺が訝しく見上げると、松永はとんでもないことを言い出した。

「犬食いするんだ」

 なんだと? 俺は怒るよりも呆れて、松永を見返した。松永はニヤニヤ笑っているが、目は完全に本気だった。

 イカれてる。

「ふざけるな。足をどけろ」

 松永はびくとも動かない。くそったれ、誰が犬食いなんかするか。俺はゲロ飯に手をつけなかった。

「なんで出来ないの。僕にはさせたじゃないか。他人にはさせても、自分は出来ないっていうの。そんなの、勝手だよ。他人にさせたことは、自分もやらなくちゃ」

 松永が不満そうに言う。こいつは本当に、一々よく覚えているな。

「ガキの頃の話だろ!」

 そんな昔のことなんて、とっくに時効ではないか。いつまでも根に持ちやがって。

「君はまったく、少しも反省してないんだね」

 松永はため息をついた。

「自分がどれだけひどいことをしたか、分かってないんだ……。君は、他人の痛みが分からない人なんだ。それどころか、他人の痛みを面白がって……悪魔みたいな人だ」

 何言ってるんだ。こんな気違い医者に責められる謂われはないぞ。

「津村くん。君は、痛みを知る必要があるよ。僕が受けた苦しみがどんなものだったか、思い知らなくちゃいけないよ」

 冗談じゃないぞ。こいつ、自分の非常識な行いを、正当化するつもりか? 俺は慄然と松永を見返した。松永も俺を見ていた。奴の目は、少し潤んでいた。

 いじめられっ子の中学生の目だった。

 なんでそんな目で俺を見る?

 泣きたいのはこっちだ。気違い病院で、陰湿な気狂い医者に、ガキの頃の復讐をされるなんて。滅茶苦茶だ。

 早く、早く土曜にならないか。

 美佳。助けてくれ……。


「美佳。聞いてくれ。あいつは、松永は気違いなんだ」

 待ちに待った土曜。俺は開口一番、美佳に訴えた。

「松永は俺を閉じこめて、復讐してやがるんだ」

「孝介……」

 美佳は、悲しそうに長い睫を伏せた。どうしたのだろう。

「どうして、松永先生を悪く言うの? 先生の言うことをちゃんときいて、病気を治してよ……」

 哀願するように言う。心配してくれているのだろうが、美佳は、松永の表面の穏やかさに騙されているようだった。美佳は知らないだろうが、あいつはとんでもない医者なのだ。

「松永は、俺の中学時代の同級生だったんだよ」

 俺は松永の正体を打ち明けた。美佳が眉間を寄せた。俺は続けた。

「俺はあいつを虐めていた。でも、子供の頃の話だ。それなのにあいつは延々根に持っていて、俺が患者として入院してきたのを幸い、復讐しているんだ。病室に監禁して、ひどい飯を食わせて」

「……」

「本当なんだよ! こんな非常識なこと、信じられないかもしれないけれど、でも、本当なんだ」

 俺は必死に美佳を説得した。松永の非道、彼が西崎克巳という弱虫のいじめられっ子であったことを話した。美佳は細い眉を寄せながら、じっと俺の話を聞いていた。

「美佳。ここから俺を出してくれ。松永の非道を、訴えてくれ。ここは、滅茶苦茶なんだ」

 俺が美佳に取りすがろうとすると、美佳は怯えたように後じさった。

「美佳?」

 不審に声をかけると、美佳は取り繕うように笑顔を作った。

「……その西崎少年が、成長して医者になって、あなたに仕返ししているというのね?」

 俺は頷いた。

「滅茶苦茶ね……」

「そうだろう。狂ってるとしか、思えないよ。早くこんな病院から逃げ出さないと」

「孝介……」

 美佳が潤んだ目をした。俺の境遇に驚いているのだろうか。

「美佳。助けてくれ。俺を出してくれ」

 俺は美佳にすがった。今の俺には、彼女しか助けがない。だが、美佳は途方に暮れたようだった。どうしたんだ。いつもの美佳なら、いきり立ってろくでなし医者を糾弾してくれるだろうに。

「ねえ、孝介。落ち着いて。あなたの話は分かったけれど、すぐに病院を抜け出すなんて、無理よ」

「どうして!」

 美佳が俺を連れ出してくれれば、こんな所すぐにでも出られるのに。美佳は諭すように言った。

「考えてみて。あなたは精神病院の患者として、閉じこめられているのよ。そんなあなたの話を信じる人なんて、私くらいしかいないわ。それに、勝手にあなたを連れ出そうとしたら、松永病院の邪魔だてがあるわよ。門にはガードマンが見張っているし」

 そうかもしれない。しかし、このまま松永の復讐に甘んじているわけにはいかない。

「とりあえず、大人しくしていて。大丈夫、きっと何とかするから」

 美佳が、励ますように言った。


 美佳が出ていくと、入れ違いに松永が入ってきた。彼女が出ていくのを待ちかまえていたみたいだ。聞き耳をたてていたのかもしれない。俺は改めて不愉快になった。

「彼女、美人だね」

 松永が唇を嘗めながら言った。は虫類を思わせた。

「何だ? 美佳がどうかしたか」

 松永が美佳に興味を示したことが、おぞましかった。

「君の彼女を、僕のものにしてしまおうかな」

 唇を嘗めながら言う松永に、全身が粟立ちそうになった。

「なんだと!」

 この気違い医者が、俺の美佳に手を出すというのか?

「貴様、美佳に何かしたら、許さないからな!」

 俺が松永に飛びかかると、松永は俺の手を払った。

「許さない? 何を言ってるのさ。許す許さないは、僕が決めることだ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ