クリスマス・イブ2
クリスマス・イブ 2.小林 美佳
……遅い。
予約時間が来たのに現れない孝介に、私はイライラしていた。入院の件から絆が深まり、プロポーズまでは大いに盛り上がったのに、式場の手配とか具体的な段取りになると、孝介は途端に面倒くさがって私に丸投げ。結婚する気あるのかしら。誠意を疑っちゃうわ。
「孝介の奴ぅ~。結婚式本番でも遅刻してくるんじゃないでしょうねぇ~」
イライラと足踏みをする。式場の人は、困ったように立ちつくしていた。今日の打ち合わせは、新郎の衣装合わせなので、孝介が来ないと始まらない。
「あ、新郎様お見えになられたようですよ」
式場の人が、ほっとしたように言った。遅い! 私は青筋を立てて振り返った。
「……っ」
怒鳴り声は、引っ込んでしまった。
「お久しぶりです。津村さんは、来ないようですよ」
「松永……先生」
驚く。なぜこの医者がここに?
「津村さんは56階で忙しいみたいです。でも僕は今日、暇なんですよ。いかがですか、津村さんの代わりに、今日は僕と」
松永が一歩近づき、私は後ずさった。この医者は、普通じゃないのだ。手首の傷が忘れられない。医者が自殺未遂というだけでも怖いけれど、そのうえ彼は医師の立場を利用して患者の孝介を監禁し虐待していたかもしれないのだ。だとしたら、普通じゃないどころか犯罪者だ。
怖がる私に、松永は小首を傾げた。
「どうしました?」
「いえ……孝介は56階にいるんですね?」
松永に身構えながらも、孝介の奴、そんな所で何をしてるんだろうと、私は首を捻った。
「ええ。案内しますよ」
別に松永の案内は要らなかったが、彼は勝手に先に立った。
「2階下る程度なら、エレベーターを待つよりも階段のほうが早いですよ」
松永はさりげなく私の腕を取り、階段に導いた。怪しい人だけれど、エスコートの上手さは相変わらずだ。私は戸惑いながら、松永に手を引かれて階段を下った。
56階は、パーティー会場だった。外国の舞踏会のように華やかにセッティングされた会場に、着飾った男女が談笑している。なんか、高そうなパーティーだ。こんな所に孝介はいるのだろうか。
「失礼ですがお客様、チケットはお持ちでしょうか」
そそっと、係員らしき男が寄ってきて、値踏みするように言った。ちょっとカチンと来たけれど、部外者の私は何も言えなかった。
「チケットは無くしてしまったんだ。飛び入り参加出来ないかな」
松永が、気後れしたふうもなく、男に言う。男は鼻で笑った。
「困りましたね、本日は予約会員制のパーティーでして――」
「これで融通してくれ」
松永は男を遮り、何やら金色のカードを見せた。男の顔から、小馬鹿にした表情が消えた。
「こ、これは失礼いたしました。どうぞお入りください」
男は、さっと道をあけた。私は松永に手を引かれながら、唖然と彼についていった。
「あの。今のカード、何ですか?」
「ただのクレジットカードですよ」
クレジットカードなら私も持っているけれど、金色じゃない。松永のカードの限度額は、きっとすごいんだろう。
松永が御曹司なのは知っていたけれど、今更に彼の資産に驚いた。医者って儲かるのね……。
「あ、津村さん、居ましたよ」
松永は、長い指を伸ばした。その人差し指を辿ると、美女に囲まれて鼻の下が緩みまくっている孝介がいた。
こ、この野郎。恋人の約束をすっぽかしてハーレムかい。
「俺ン家、病院なのよー。ベッド数五百あるんだぜ。もうね、ウハウハよ。診察したげようかー」
デレデレと女たちに嘘八百を言う。おまえン家はしがないアパートだろ。
「孝介えええええ」
私のドスのきいた低い声に振り向き、孝介は飛び上がった。
「うおっ!」
「何してんのよアンタァァァァ!」
「ひっ、いや、あの、そのね。すごく急いでたんだけど、松永にね、無理矢理突き出されて……今、今行こうと思ってたの」
「どっぷり漬かってたくせに、何言ってんのよ! 人のせーにすんなヴォケ!」
怒髪天。私は孝介をひっぱたいた。グーで。
「グーで叩くのは、ひっぱたくというより殴るっていうんじゃないのか?」
「やかましい。もー、あんたには愛想尽きた!」
「まったくです。僕なら、クリスマスに恋人を放ってはおきません。まして他の女とじゃれあうなんて信じられない」
「何言ってんだ、松永! おまえがはめたんだろーが!」
「松永先生!」
私は、松永に振り返った。
「デートしましょう!」
怒りにまかせた勢いで、私は松永の腕を取った。
ホテルを出た所で、私は我に返った。
「あ……」
私はぎこちなく、松永から手を離した。怒りにまかせて引っ張っちゃったけど、この人まともじゃないのよね。
「美佳さん」
松永が、離した手を握ってきた。
「離してください」
「僕とデートするんじゃないんですか?」
「言葉のあやです。頭にきていたものだから、つい……」
「美佳さん」
松永の手を握る力が、強くなった。
「ちょっと! 警察呼びますよ」
怯えから、私は叫んだ。
「美佳さん。お願いです」
松永は手を握りしめ、上目遣いに見つめた。
「一日でいいんです。今日だけ、僕の恋人でいてください。変なことは絶対にしませんから」
握る松永の手が、かすかに震えていた。
「……どうしたんですか?」
私は怪訝に松永を覗き込んだ。
「クリスマスイブなのに、側にいてくれる人がいないんです。独り身の聖夜がこんなに寂しいなんて。誰でもいいから二人で過ごしたくて、あんなパーティーに応じてみたけど……」
「じゃあ、パーティー会場に戻って、誰か探したらいいじゃないですか」
松永のルックスとお金があれば、何人でも引っかかるだろう。すると松永は首を振った。
「もう、誰でも良くなくなりました」
松永は手を握ったまま、真正面に私を見つめ、言った。
「あなたがいいんです」
「……」
不覚にも、ちょっとときめいてしまった。




