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贖罪3

第3節


 手術は成功したという。安心……したいところだが、頭痛は相変わらずだ。だんだんおさまっていくのだろうか。

 自分の病状も気になるが、もう一つ気になって気になって仕方ないことがある。

 松永の手首の傷だ。

 あんなところに傷跡があるなんて、もしかして自殺未遂でもしたことがあるのだろうか。短絡かもしれないが、手首の傷、となるとどうしても自殺に結びついてしまう。

 自殺をしようとしたような男が、人の命を扱う医者をやっているなんて。

 ……。

 なんだかもう、本当に、松永という男が気味悪くなってきた。

 早く退院したい。

 だが、俺の病状が良くならないためか、なかなか退院許可が下りない。俺は職場に休職願いを出した。

 頭痛が続く。

 松永はよく俺の病室にやって来る。彼が来ると、緊張する。どうしても、視線は奴の手首にいく。だが時計や白衣の長袖で、手首の傷を確認できない。普段は隠しているのかもしれない。

 松永は、俺を個室に移した。

「どうも手術の予後が良くないので、長期療養になりそうです」

 松永の言葉に、頭痛がひどくなった。この薄気味悪い医者と、当分つきあっていかなきゃならないのか……。

 美佳の見舞いだけが、救いだ。

「具合はどう、孝介」

 美佳が花束を持って来てくれた。

「松永のことなんだけど」

 俺が美佳に不安をうち明けようとすると、美佳は形の良い細い眉をしかめた。

「また、松永先生のこと?」

 俺が松永のことばかり言うので、うんざりしているのかもしれない。だが、俺は誰かにこの不安を話さないではいられなかった。だってそうだろう? 自分の担当医がサディスチックで自殺未遂の疑いがある男だなんて、誰だって不安になる。

 俺が松永の手首の傷のことを言うと、さすがに美佳は息を飲んだ。

「嫌だ……それ、本当なの?」

 俺は頷いた。美佳は寒そうな仕草をした。

「それが本当なら……病院、変わったほうがいいかもね」

 もう美佳は、ホモ話を面白がるような余裕はなくなったようだった。

 本当に、変えられるものなら、転院したほうがいいのかもしれない。しかし、紹介を受けたような病院を、簡単に変えられるものでもない……。


 美佳が帰ってしまうと、何とも退屈なので、俺は散歩がてら病院を彷徨いた。しかしここは神経科と精神科の病院。どこからともなく呻き声が聞こえたり、虚ろな目をした患者なんかがいて、あまり気分の良い散歩にはならない。

 俺は、こんな奴らとは違うぞ。

 俺は、周りの患者たちを見て思った。

 俺は病人が嫌いだ。弱い奴が嫌いだ。まして、頭がおかしいような病人なんて……。もっとも、今は自分も病人なのだが。でも俺は治る病気だし、頭が痛いだけで別に気が狂っているわけでもない。

 散歩をしていても気が滅入るばかりなので、自分の病室に帰ろうとした時、松永の姿が見えた。他の医者と話をしている。相手は、年輩の医者だ。二人の横を通り過ぎる時、ちょいと年輩医者のネームプレートを覗いてみた。

 松永壮一。

 すると、この年輩医者は、松永克巳の父親だろう。松永病院の院長に違いない。

 俺は振り返り、改めて院長を見てみた。

 院長も松永克巳同様長身痩躯で、二人は似ていないこともない。ただ、息子と違って、そう不気味ではない。

 二人が何を話しているのかは、医学的なことだったのでさっぱり分からなかったが、父と子という親しげな様子は、あまり無かった。職場だからだろうか……。

 もしかすると松永克巳は婿養子かもしれない、などとどうでも良いことを考えながら、俺は自分の病室に帰った。

 頭が痛いし、する事もないので、俺は横になって目を閉じた。


 ……。

 早くに寝たからだろうか。

 ふっと目が覚めた。

 真っ暗だった。真夜中らしい。

 静まり返っている。この病院の変な患者どもも、夜は静かなのだろうか。しかし、静かなら静かで、また違った不気味さがあった。夜の学校に、少し雰囲気が似ている。

 夜中の病室で目を覚ますもんじゃないな……。

 俺は寝返りをうった。

 途端に、息が止まりそうになった。

 白い顔が浮かび上がっていたのだ。

 幽霊?

 病院なら、そういうものが出てもおかしくない。

 違った。

 幽霊の正体が分かり、俺は凍り付いた。

 そこにいたのは、松永克巳だった!

 奴はベッドの傍らに立ち、じっと俺を見下ろしていたのだ。

 音もなく。

 幽霊かと思った時よりも、怖くなった。声も出ない。

 こんな夜中に、灯りもつけず、なんだって俺をじっと見ていたのだろう。これは絶対、見回りなんかじゃない。

 なんで? なんで? なんで?

 気味が悪いを通り越して、恐怖すら感じた。

 この医者、なんなんだ?

 松永は俺と目が合うと、ふっと笑って、何も言わず病室から出ていった。


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