アメージング・グレイス1
アメージング・グレイス1
とにかく、毎日が辛かった。
親が怖い。学校も怖い。どこにも行き場がない。
生きているのが、痛いという感じ。
「頭が痛い……」
僕は頭を押さえて、うずくまっていた。駄目。うずくまってる場合じゃないんだ。もうすぐ、父が……養父が、帰ってくるのに。でも、養父が帰ってくると思うと、胃までが痛んだ。
「晃司」
養父が、低い声で部屋に入ってきた。彼の後ろには、隠れるように母がいる。
ああ。養父の登場に、僕はため息をついた。
「なんだ、そのツラは」
養父が近づいてきて、僕はすくんだ。
「ごめんなさい」
僕は謝った。別に何かしたわけじゃない。でも、とにかく謝った。
「ほう? なんで謝るのかな? 何か粗相をしたのかな?」
養父が、半笑いを浮かべて問うた。僕は震え上がった。養父がこんな顔をするのは、僕をいたぶる前兆なんだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
僕は震えて謝った。養父は笑って、拳を振り上げた。次の瞬間、頬に痛みが走った。
「ごめんなさい。殴らないで。ごめんなさい」
「うるせえ! 片づけ物しとけと言っただろうが!」
養父が、狂ったように僕を殴り蹴る。お母さん助けて……僕は痛みをこらえながら、母を見上げた。母は止めずに、ただ見ているだけだった……。
母が再婚したのは、半年前。それから、僕の地獄が始まった。
養父になったのは、母よりも十も年下の若い男だった。若いといっても、十五歳の僕から見たら、十分おじさんなんだけど。
養父は、母と結婚したその日から、僕を殴った。最初は母も庇ってくれたけど、僕を庇うと一緒に殴られるので、一週間もしないうちに、傍観するようになった。
養父がなぜ僕を殴るのか分からない。理由なんか無いのかもしれない。子供が嫌いなのかもしれない。血の繋がりのない僕が、鬱陶しいのかもしれない。理由なんか、どうでもいい。僕にあるのはただ、殴られる痛みだけだ。
「そんな目で見ないでちょうだいよ」
養父の激高がおさまり、母と二人きりになると、母は口を尖らせた。
「私だって辛いんだから……」
僕がなおも見つめていると、平手が飛んできた。
「見るなって言ってるでしょ! 鬱陶しいわね!」
もう、養父だけでなく、母も、僕を煙たがる。母にまで突き放されたら、僕はどうしたらいいのだろう。
「あのう……お母さん」
「何よ!」
「あ、あの……お金……」
「お金?」
母の眉がつり上がり、僕は言いよどんだ。
「部費を……払わなきゃいけないんだ……だから……」
「またなの? 幾らよ?」
「さ、三万円……」
「三万円! 高いわね。まったく、一つも稼がないくせに……。もう、部活なんてやめたら?」
「駄目だよ……内申に響くもの……」
母は、文句を言いながら、お金を寄越した。
「よう晃司。カネ持ってきたか?」
学校の校舎裏で、僕はクラスメートのいじめっ子たちに囲まれていた。
僕は恐る恐る、母から貰った「部費」を差し出した。
僕は帰宅部だ。部活なんか、入ってない。でも何とかしてお金を工面しないと、容赦ないいじめが待っている。
「三万か。前は五万だったのに」
いじめっ子たちが、僕を睨んだ。
「ご、ごめんな」
言い終わらないうちに、拳がめり込んだ。
「五万入ると思って、色んなもん、予約してあるんだぞ! どうしてくれんだよ!」
そんなことを言われても。でも、いじめっ子たちに道理は通じない。僕はサンドバックにされた。
やめてやめて。どうして皆、僕を殴るの。
「うるせえな。なんか、おまえみたいにウジウジしてる奴見ると、ムカつくんだよ!」
「クラスで一番チビで貧弱だし、女みたいな顔してるしな。いじめてってオーラ出してんだよ!」
滅茶苦茶だ。
養父の虐待で僕は陰気になり、そこをクラスのチンピラに目を付けられてしまったのだ。
家でも学校でも、虐められる。
行き場がない……。
「あ……」
声に顔をあげると、男子生徒が立っていた。クラスメートの、立原だ。いじめの現場に通りかかり、立原は凍り付いた。
「なんだ、立原。何か文句あるのか?」
いじめっ子らが、立原を睨む。立原は慌てて、首を振った。立原……。彼の挙動に、僕は切なくなった。いじめに遭う前は、友達だったのに。
「なら、さっさと消えろよ。先公にチクんなよ」
いじめっ子に恫喝されて、立原はそそくさといなくなってしまった。
立原が立ち去ると、いじめっ子たちは暴行を再開した。僕がぐったりして反応しなくなると、ようやくいじめっ子たちは解放してくれた。いじめっ子たちがいなくなっても、僕は動けないで地べたにのびていた。
じくじくと、痛みが滲む。下校のチャイムが鳴るのが聞こえた。下校……家に帰るのも嫌だ。
……。
誰も通りかからないや。
皆、僕のことなんて、どうでもいいのかな。
悲しいも悔しいも通り越して、どうでもよくなってくる。
もう、ずっとこのまま、のびていようかな。
「大丈夫か」
立原が、覗き込んできた。僕は驚いた。
「立原?」
「ひどいな。立てるか?」
そう言って、肩を貸してくれた。僕は戸惑った。そして、嬉しくなった。
ああ、立原は、まだ僕の友達でいてくれるんだ。誰からも殴られて疎まれる僕にも、友達がいたんだ。
傷の痛みのためだけではない涙が、零れた。




