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贖罪16

第4節


「あいつ、絶対変だよ」

 孝介が頭を押さえながら言う。あいつとは無論、松永医師のことだ。私は、孝介の話を鵜呑みにしていいものかどうか、迷った。最近の孝介は、どうも被害妄想に陥っているような気がする。不調が続いて無理もないが……。

「また、松永先生の話?」

 私は、いささかうんざりした。

 私には、松永医師が孝介に張り付いていた理由がもう分かっている。孝介の病気は、幻覚を見るほど、重いのだ。だから松永医師は、患者の容態を探るため、孝介に張り付いていたのだ。それだけのこと。彼を不気味に思っていたのは、孝介の邪推に過ぎなかったのだ。

 私は、孝介のように松永先生が気味悪いどころか、いい人ではないかとさえ思う。孝介にこんなに邪険にされているのに、心配してくれているんだもの。

「松永にはやっぱり、手首の傷があったぞ」

 孝介の言葉に、私は見舞いの花を取り落としそうになった。

「そ、そう?」

 平静を装って振り返る。

「美佳、あいつに傷がないって言ったよな。でもやっぱりあった。なんで嘘つくんだよ」

 ああ、孝介はまた幻覚を見たらしい。

「じゃあ、私の見間違いだったのかもしれないわ」

 私は言った。それは幻覚よ、とは言えなかった。

 私はそこそこに孝介の病室を出ると、松永医師の元に駆け込んだ。私はまた孝介が幻覚を見たと先生に訴えた。

 だが、言った後で軽率だったと思った。手首の傷なんて孝介の幻覚は、松永先生にとって気分の良いものであるはずがない。担当医の機嫌を損ねるようなことを、わざわざ言うのではなかった……。私が項垂れていると、松永は言った。

「大丈夫ですよ、小林さん。僕はそういう患者ばかり扱ってるんですから。別に腹も立ちません。病気のせいなんですから」

 そう笑顔で言ってくれた。いい人だな……。私だったら、自殺未遂なんてあらぬ幻覚を二度も見られたら、なんだよこの野郎と頭に来るのに。

「先生。孝介のこと、よろしくよろしくお願いしますね」

 無礼な孝介の代わりに、何度も頭を下げる私に、松永先生は微笑んだ。

「津村さんは幸せですね。これほど心配してくれる人がいて」


 松永先生のようなお医者が診てくれるのなら、孝介は大丈夫だろう。もう幻覚なんか見ませんようにと願いながら、私は病院を訪れた。

「小林さん」

 松永先生に声をかけられた。医師の表情が暗い。嫌な予感がした。

「先生……孝介に、何かあったんですか?」

 また幻覚を見たとか? 私は戦いた。すると松永は言った。

「いえ、その……大したことじゃないんですが、津村さんを個室に移しました」

「え?」

 私は訝しく眉を寄せた。

「どうして個室に?」

 松永先生は目を逸らした。

「先生!」

 私が詰め寄ると、松永は言った。

「……今度は幻覚ではなく、妄想が出てきたようです」

 妄想?

 私は息を飲んだ。

 幻覚の次は、妄想?

 どんどんひどくなる……。

 どのくらい立ちつくしていただろう。

「妄想って、何ですか?」

 私は医師に問うた。松永はため息をついた。

「津村さんにお会いになれば分かります……」


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