表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/52

贖罪1

https://www.vector.co.jp/soft/win95/amuse/se277167.htmlにて、ノベルゲーム版(windows)を配布しております。他にもイロイロ作品があるので、興味があれば下記へ

http://wordwordother.web.fc2.com/rist_50.htm

贖罪



第1章 津村孝介


第1節


 最近、どうも調子が良くない。健康が取り柄であったのに、このところ熱っぽく、頭痛がする。風邪か、疲れがたまっているのだろう。

 寝れば治るだろうと高をくくり、俺は恋人とのデートをキャンセルし、休日を安静に過ごすことにした。

 恋人の美佳が看病に来てくれないかな、と少し期待したが、彼女が訪れる気配はなかった。やや肩落ちであるが、仕方がない。

 具合が悪いが退屈なので、俺はテレビをつけてみた。昼間なので、ワイドショーしかやっていない。どこかの高校生が、いじめを苦に自殺をしたなどと、暗いニュースを扇情的に報道している。どのチャンネルを回してみても、こればかり。見ていてあまり気分の良いものではなかったので、俺はテレビを消した。

 死ぬほど辛いなら、転校でも何でもすりゃいいのに、馬鹿な奴……と頭痛の隅でぼんやり思った。まあ、この程度で死ぬような奴は、転校したとしてもどうせ長生きできないんだろう。

 休日を寝て潰したものの、体調はあまり良くならなかった。だが、月曜日は会社に行かなくてはならない。頭が痛いが、仕事が出来ないというほどではない。

 出社してみると、調子が悪そうなのは俺だけではなかった。顔色の悪い連中が、何人かいる。俺の上司も、普段のように反り返る元気がなかった。

 辛いのは俺だけじゃないんだなあと、俺は妙な安心感を持ってしまった。俺だけが不調だと、何だか自分が脆弱になったような気になってしまう。でも、そうじゃなかった。

 風邪が流行っているそうだ。

 すると俺の不調も、風邪なのだろう。ならば、たいしたことはあるまい。

 俺は体調のことは気にしないようにして、仕事をした。元気な時のようにはいかなかったが、支障はなかった。


 俺の風邪は頑固なようであった。一週間経っても、治らない。また、美佳とのデートをキャンセルしなくてはならない羽目になりそうだ。

 この一週間、有給を取ろうかな、と迷うことが何度かあったが、病欠はなるべくしたくない。自己管理が出来てないと思われそうだから。俺は体を引きずるようにして、出勤した。

「津村さんのは、風邪とはちょっと違うみたいね」

 職場の女の子が話しかけてきた。彼女も風邪をひいているらしく、マスクをしている。

「僕のは皆のような風邪じゃない?」

「職場で流行っているのは、喉や鼻にくる風邪でしょう。見たところ津村さんは、鼻、喉は大丈夫そうだし……」

 女の子は、羨ましそうに俺を見た。女性として、鼻水を垂らすのは嫌なのだろう。しかし、羨ましがられても困ってしまう。

 頭が痛いのも結構辛いのだ。できることなら、彼女の鼻水と俺の頭痛を交換してもらいたいくらいだ。

 まあ、こんなことを言っていても、仕方がない。

 しかし俺の症状が職場の風邪と違うのなら、俺は風邪ではないのか、違う種類の風邪なのかもしれない。金曜日の帰途、そんなことをとりとめなく考えた。

 休日、また俺が寝込んでいると、美佳が今度は見舞いに来てくれた。

 小林美佳。スレンダーながらも出るべき所は出ているという、素敵な美人である。ちょっと気が強い所があるが、そこも気に入っている。ちなみに、一番気に入っているのは、彼女の悩ましく芸術的な脚なのだが、無論それを本人に言ったことはない。

「大丈夫?」

 美佳が心配そうに訊ねてくる。なんだか、彼女に久しぶりに逢ったように思える。俺は少し甘えたくなった。

「うー……辛い……」

 などと苦しそうに言って、彼女にもたれかかった。風邪をうつしちゃうかな、という思いが一瞬脳裏を過ぎったが、甘えたい気持ちのほうが大きかった。

「本当に辛そうね。先週もこうだったの?」

 いたわるように肩を抱く。子供のように頭を撫でる。情けないのかもしれないが、ちょっと嬉しくもなる。男が女に甘えられる機会なんてそうないのだから、たまには病気になってみるのも悪くない……。

「一度、病院に行ったほうがいいんじゃない?」

 美佳の言葉に、俺は我に返った。もたれていた体を起こす。

「病院に行くほどじゃないよ」

「でも」

「大丈夫大丈夫。寝てれば治るさ」

 たいていの人がそうだと思うが、俺も病院が好きではない。面倒くさいのだ。注射もキライだ。余程悪くならないと、医者にかかろうとは思わない。待たされることを考えただけで、憂鬱になる。

 それに、自分の頑健さにも自信がある。少々頭が痛いくらいなら、きっと自力で治せるであろう。まだ若いのだし。


 熱が、三十九度を振り切った。これでは、出勤しても、仕事にならない……。仕方ない。休みを取ることにした。職場の足手まといになるくらいなら、休んだほうがまだ良い。

 会社の連中はせいぜい鼻を垂らしているくらいなのに、なんで俺だけこんな目に……。


 吐いた。どうも、尋常な風邪ではない。

「病院に行きましょう。ね?」

 美佳が心配そうに言う。

 しょうがない。どうも自力で治りそうにないし、注射の一本でも打ってもらわねばならないようだ。

 注射……嫌だなあ……。

 俺は美佳に担がれるようにして、地元の病院に向かった。

 医者は俺を診察し、首を捻った。どうも、風邪ではないらしいと言う。風邪でなければ何だというのだ。

「頭の病気かと思われます。うちには神経科はないので、詳しい診断はできません」

 頭の病気? 神経科? 俺は息を飲んだ。頭痛がひどくなったような気がした。

「他の病院を紹介してあげましょう」

 医者は紹介状を書いてくれた。

 頭の病気とは……。不安になる。大丈夫なんだろうか、俺は。

 俺は、すがるような思いで、紹介してもらった松永病院を訪れた。地元から少し離れている。やや不便な、奥まった場所にある病院だった。

 松永病院は、神経科や脳外科や精神科といった分野を扱う病院だった。頭や心の病気の専門らしい。だから、奥まった場所にあるのだろうか。こんな所を紹介されるなんて、不安になるやら頼もしいやら……。

 病院の、白く巨大な建物と、格子のついた窓に、俺は嫌ぁな感じを抱いた。なんだか、隔離施設みたいだ。いや、実際、ここは頭のおかしい奴を閉じこめる、隔離施設なのだろう。

 待合室で順番を待つ間、なんとも心細かった。俺のまわりで同じように順番を待っている人たち、彼らも頭や心を病んでいるのだろうか。中には付添人がいる挙動不審の患者もいたりして、気味が悪い。俺もこんな連中の仲間になるのだろうか。冗談じゃない。

 どうか、俺の病気が深刻なものではありませんように……。心の中で祈った。

 順番が来て診察室に入ってみると、若い医者が俺を待っていた。年は俺とそう変わらないのではないだろうか。座っているのではっきりとは分からないが、長身そうな痩せた男で、のっぺりした顔をしている。まあ二枚目の部類に入るのかも知れないが、なぜかあまり良い印象を受けない。なぜ医者の外見を描写するかというと、彼をどこかで見たような気がしたからだ。

 馬鹿な。俺はこんな病院に来たのは初めてだ。この医者とは初対面のはずである。

 頭の病気のせいで、ありもしない記憶の断片でも勝手に見ているのかもしれない。俺はさらに嫌な気分になった。

 俺は医者の名札を一瞥した。松永克巳。ということは、彼はこの松永病院の院長の息子か何かだろうか。

 俺は、松永医師が俺の顔をじいっと見ていることに気づいた。何なのだろう。まさか俺が松永医師に見覚えがあるような気がしたように、相手も俺に見覚えがあるとでも?

 いやいや、そんなはずはない。今までの俺の健康な人生に、神経科の医者と知り合う機会などなかったはずだ。医者として、患者を観察しているだけであろう。

「津村……津村孝介?」

 医者は、問診票を見て、呟いた。いかにも俺は津村孝介だが、なぜ初対面の医者に呼び捨てにされねばならないのだ。

「先生。どうかしましたか?」

 俺は、若干憮然として、医者に問うた。医者は我に返ったように、顔をあげた。

「津村さんですね。今日は、どうされました?」

 呼び捨てにしたことなど無かったかのように、柔和に訊ねる。腑に落ちないが、問いつめるのはやめた。俺は患者なのだ。

 俺が症状を訴えると、松永医師はそれでは検査をしましょうと言って、俺を検査室に連れていった。

 様々な検査を受けた後、検査結果が出るのにしばらくかかるので、明日また来いと言われた。俺は痛む頭を押さえ、一旦帰途についた。

 自室に戻った頃には、松永医師への不審は忘れていた。


 翌日。松永医師は、俺の検査結果から、次のように診断を下した。

「脳膿瘍ですね」


平成だったか、ずっと昔に無料公開していた作品。「贖罪」と「アメージング・グレイス」はもともと別作品でしたが、後年になって「少年」を書き足し、2作品が融合。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ