11話 牢獄視察4
「――許されざる……ショータイム……!」
俺に背を向け、指を鳴らしたコジルド。
その途端、コジルドの背中から小さな宝石のような輝きが現れ始めた。
「美しい……この輝きはなんだ?」
「不可視化の解ける現象と申しますか、キャンセルモーションのようなものですぞ」
俺に背を向けたまま、コジルドは少し声を震わせ不可視化の解説を述べていく。
だが解説が途切れると共に、なぜかコジルドの背中から輝きも消失し。
「おいコジルド、輝きが消えたぞ? どこに翼があるのだ?」
「輝きの消えた辺りですぞ」
何やらポツンと、貝殻のような物体だけが背中に残った。
「………………ちっさ」
これは……アサリ? いやシジミだろうか……?
俺の目に狂いがなければ、どう見ても背中に生えた綺麗な謎の二枚貝なのだが。
「コジルドよ、肝心の翼は?」
「既に出現していると思うのですが」
コジルドの発声に合わせ、ピクピクと動きを見せる貝殻のような物体。
「いや……えぇ?」
本当にどう見ても、鮮やかで可愛い貝殻なのだが。こんな翼で、物理的に飛べるのか……?
だが、そんな事よりも……!
「コジルドよ。こんな極小サイズの翼を、わざわざ魔法で隠す必要があるのか? マントで自然と隠れるサイズどころか、注視して漸く見えるレベルだぞ。
小さくて恥ずかしいとしても、これは魔力の無駄遣いだろ」
「エラー……! これは失礼しましたな。無意識に解除を中断しておりました。どうやら我自身、初の試みに土壇場でヒヨったみたいです。
思わず解除を中断してしまいましたが……。意を決して、お見せ致しますぞ。どうか、怯える事なく刮目を……!」
コジルドが胸の内を明かすなり、再び輝き出した貝殻のような物体。
そして……。
――バサッ!
輝きが四方に広がるなり、突然コジルドの背中に薄く巨大な物体が出現した。
「なんだ……これは……!」
「これこそが、隠されし我の秘密……翼ですぞ」
不可視化解除が完了し、明らかとなった翼の全貌。
その姿形はまるで。
「蝶……? 美しい妖精の羽みたいだ……」
俺は見たままの感想を、ボソボソと呟く。
目の前で広げられた、コジルドの翼。それは見るからに、美しく煌めく巨大な光のカーテンのようだった。
繊細なシルクのように、ヒラヒラと波打つ大きな羽。
見つめるほど引き込まれそうになる、柔らかく優しい色彩。
赤、青、黄……。目の錯覚だろうか?
見れば見るほど、順に色が穏やかに変わっていく。
それはまるで、全ての者に心の安らぎを与えてくれる、癒やしの三原色。
こんな柔らかく灯る信号機があれば、渋滞に巻き込まれた車のドライバーも、心が和むだろうな……。
「なんだろう、和むなぁコジルド。自称、闇属性ランラーとやらが、聞いて呆れる煌びや……」
「それが嫌なのですっ! ですから封印していたのです!!」
俺の囁きを遮り、巨大な翼をスイングさせながら振り向いてきたコジルド。
すると落ち着きなく両手の親指を立て、高速で自身の翼を指差し始める。
「ご覧なされ、この場にそぐわない柔和に満ちし翼を!
いつもは薄暗く不気味な雰囲気を漂わせていた棺エリアが、こんなにも明るく煌びやかに! この翼ひとつで、我のサンクチュアリが憩いの空間と化してしまうほどですぞ!
我の翼は、蛍光のオーケストラか!」
「どっ、どうした急に! 確かに突然この周辺が明るくなったが……。そんなに顔を真っ赤に染めて、そこまで恥ずかしい事か?」
「愚問! 至極当然ですぞ!」
「大きくて立派だと思うが、その羽っ……翼は!
ビタミンカラーと言うか、幸せな気持ちになれて癒されるぞ? ギャップ萌えも狙えるし」
俺は赤面するコジルドを落ち着かせようと、ゆっくりな口調でフォローを入れる。
「我は闇に住まいしヴァンパイアですぞ! 最強にして最恐の闇属性ランサーが、皆を和ませる容姿であってなるものですか!
初めてこの翼を見た時、我まで和んでしまったゆえに……ゆえに!」
「ぷふっ、分かったから落ち着け! キャラを保とうと、頑張って隠していたのだろ?」
俺は吹き出しかけた笑いを必死に押し殺し、明後日の方向を向く。
威勢のわりに、自分で和んだ秘話は少し面白かった。
想像すると危ないな、本人を目の前にして吹き出すところだったぞ……!
「そうですぞ! 漆黒に染まるべき我が、こんな翼を授かって他人に見せられるわけが!
天から授かりしギフトは、飛行能力だけで十分。こんな余計なオプションまで、つける必要ある!?
恩恵どころか、これでは背中にまとわりつく罰ゲーム。特殊能力を持つ代償が、極端な嫌がらせだと思わぬかロース様!?」
アーチ状の涙を噴き出しながら、俺にしがみつき同意を求めてくるコジルド。
まるで噴水タイプの冷水機みたいな泣き方だな……。
「そ、そうだな……それは神様も、イタズラが過ぎたのかもしれないな。お前がキャラ崩壊を起こすほどに……。
なんだかその気持ちは、汲んでやれる気がする」
当事者として、俺も気持ちは痛いほど分かる。
数々の絶望的状況と、やりようのない現実を転生直後に味わった身であるため、コジルドの気持ちは分からなくもない。
「アンハッピー……! こんな禍々しい嫌がらせスタイルを見せられるのは、この世でロース様だけですぞ。
こんな醜い我でも、受け入れてもらえますかな?」
「あぁ、受け入れるよ。今なら何でも受け入れられる気がする」
こんな美しい翼を前にすれば、誰だって心穏やかに何でも受け入れられるわ……!
「コジルドよ、そろそろ翼を収めて寝室へ戻るぞ。この事は、必ず誰にも話さないでおくから」
「プロミス……! 約束ですぞ。ロース様なら、この嘆きをご理解していただけると信じておりました。お陰様で、少しばかり気が軽くなりましたぞ。
こんな姿を敵や同胞に知られては、ただの痛いネタ枠キャラになりますゆえ、固くお約束を!」
依然として俺から離れる事なく、涙を噴き出し続けるコジルド。
コイツもコイツで、独善的ながら色々と苦労しているんだな。
翼がバレなくても、痛いネタ枠キャラに変わりはないが……!
「あぁ……心中察するよ、私とお前だけの秘密だ。
だからそのアーチを描く涙を止めてくれ。お前の翼と相まって、軽く虹が出ているぞ」
俺の発言にコジルドはピタリと涙を止め、ゆっくりと俺から1歩ほどの距離を取り、再び翼を不可視化の魔法で見えなくした。
「ロース様、ご足労をおかけしましたな。遅くなる前に、寝室へ戻るとしましょう」
「頼むよ。あまり遅くなると、デュヴェルコードが根掘り葉掘り追求してくるかもしれないからな」
「それは御尤も……。ではロース様、また悪きお手を拝借して」
俺は差し出されたコジルドの手を透かさず握り。
「『テレポート』」
――俺たちはコジルドの『テレポート』で、再び寝室へと戻ってきた……。