11話 牢獄視察2
俺とデュヴェルコードによる打ち合わせの最中、寝室のドアが控えめにノックされた。
「誰でしょうか、こんな朝早くから」
「分からないが、私の起床に合わせるようなタイミングだな。急ぎの用でもあるのだろうか……。
外の者よ、そこに誰かいるのか?」
外に誰かいるのかは不明だが、俺は閉ざされたドアの向こうにも声が届くよう、声量を上げて問いかけてみた。
「おはようございます。ロース様、お目覚めですかな?」
「その声は……コジルドか。私なら起きているぞ、何か用か?」
「お目覚めでしたか、おはようございます。ちょっとした野暮用なのですが、入室しても宜しいですかな?」
「あぁ、構わないぞ。入ってくれ」
「ありがとうございます。では、失礼して……」
寝室のドアが丁寧に開かれた後、コジルドがゆっくりと入室してきた。
「おはようございます、ロース様。お元気そうでありますな」
「お前もな。ところでコジルドよ、先ほどから何回挨拶をすれば気が済むのだ?
おはようございますは1回で十分だぞ」
「デリカシー……! これは失礼したでありますな。何せロース様から挨拶が返ってこなかったゆえに、我の声が小さかったのかと思いまして」
「………………お、おはよう」
額からひと筋の汗を垂らし、俺は引き攣りながら挨拶を返す。
どうやら非常識なのは、俺の方だったらしい……。
「お気に病まれぬように、些細な無作法ですゆえ。外でも眺めて、堅苦しさを忘れましょうぞ!」
「外? 何か気の晴れる事でもあるのか?」
俺が質問するなり、コジルドは窓の方を人差し指で差し。
「本日は天候にも恵まれ、最高のお日柄ですぞ!
ご覧くだされ、窓から臨める絶景を!」
コジルドは途端に人差し指を折り畳み、同時に今度は小指で窓を差し示した。
朝から痛々しいジェスチャーだな……!
「………………これ以上曇れないほど、曇っているんだが」
「フハハッ! ですな、この上ない曇天! 日光なき今、まさに我のターンと呼ぶに相応しい日和!」
マントを大きく広げ、高らかに笑い声を上げるコジルド。
「こんな気分も上がらない天候で、日柄がいいのはお前だけだろ、ヴァンパイアなのだから。
それで、私になんの用だ?」
「お手間は取らせませぬ。ロース様に、少々お聞きしたい事がありましてな」
コジルドは広げたマントを畳み、俺の側まで歩みを寄せてきた。
そして片手を口角に添え、俺の耳元に顔を近づけ。
「――ロース様は、誰にも話せない秘密をお持ちですかな……?」
ヒソヒソと、意味深な質問を囁いてきた。
これはまるで、先ほど見た夢のようだ。
「な、なぜその様な事を聞く?」
俺はコジルドの声量に合わせ、静かに返答する。
まさかコイツ、俺が魔王ロースの体に転生した異世界人と見抜いて、追求してくるつもりなんじゃ……!
「シークレット…………我にも、あるからです。誰にも言えない秘密」
違った……! ただのコジった構ってちゃんでした……!
「そ、そうなのか……? 秘密は大切にしろよ」
「なっ! そこはご察しくだされ。その秘密を明かすべく、我は馳せ参じたのですぞ」
「いやぁ……特別知りたくはないが、どうしても私に伝えたいのか?」
俺の問いに、コクコクと頷くコジルド。
「ここでは邪魔が入るやもしれません、この小娘とか……。場所を移しましょう」
俺以外の者にバレるのを避けたいのか、コジルドはデュヴェルコードに尻目を向け、警戒の様子を見せる。
「なんですかコジルドさん、その目つき。おふたりでコソコソと、何を話しているのです」
コジルドの背後に立ち、ムッとした表情で腰に両手を当てるデュヴェルコード。
「黙れ小娘、貴様には関係ない! 今、貴様の事を話していたのだ!」
なんて理不尽なキレ方してんだ、コジルド……。
「大いに関係あるじゃないですか! このわたくしに、喧嘩を売っているのですか!?
お日様カンカン照りの砂漠に『テレポート』して、置き去りにして差し上げましょうか!?」
「おい、ふたり共。朝から言い合いはよせ。
デュヴェルコードよ、少しここで待っていてくれないか? 今から私はコジルドと、その……野暮用を済ませてくる」
俺はふたりの仲裁に入った後、デュヴェルコードに向け手を翳し合図する。
「嫌です、わたくしも同行致します! おふたりでコソコソと、わたくしの事を話されておきながら、ここで待てだなんてエグいです! 怪しすぎてキショいです!」
「いや待て、誤解だ! コジルドの言い方が悪かっただけで、決してお前に害はない」
「だとしても同行致します! 側近がロース様の側から離れる訳にはいきません!」
俺の指示も聞かず、頑なに意を唱え続けるデュヴェルコード。
「すまないが待っていてくれ。これはコジルドの強い望みでもある。
だがそれに加え、今のお前を連れて行くのは、余りに危険だと判断したからだ。激情した今のお前なら、移動先でコジルドを消しかねない……!
待っている間に、少し心を落ち着かせていてくれ」
「むぅぅー、分かりました。早くお帰りになってください」
煮え切らない様子で、ソッポを向くデュヴェルコード。
「あぁ、すぐに戻るから冷静にな、デュヴェルコード。
ではコジルド、行くとしよう。デュヴェルコードが沸点に達する前に、ササッと済ませるぞ」
「かしこまりましたぞ。では悪きお手を拝借して……」
コジルドは片膝を床につけ、体勢を低くし手を差し出してきた。
そして透かさず、俺はコジルドの片手を躊躇いなく握り締めた。
「宜しいですかな? では、『テレポート』」
コジルドの唱えた『テレポート』により、俺たちふたりは一瞬にして……。
「――ロース様、ようこそ我がサンクチュアリへ」
コジルドを復活させた、棺エリアへと移動した。




