2話 転生事変3
『――繰り返します! 定期連絡!
ただいま正門にて、敵軍の侵入を確認。お急ぎでないリスナーは、ただちに正門までお越しください! ハリアップ!』
少女の自己紹介を掻き消した、謎の放送。あまりに突然だったため、無警戒だった俺は思わず肩をすくめた。
「なっ、なんだ今のは! リスナーとか聞こえたが、ラジオか!?
それに敵だの侵入だのと、物騒な言葉も聞こえたが」
「ラジオ……とは何か分かり兼ねますが、今のは魔王城の城内放送です。
どどど、どうしましょう……! 恐らく、敵さんの襲撃だと思われます!」
少女は落ち着きなく、辺りをキョロキョロと見回し始める。
俺からしたら敵の襲撃より、今流れた緊張感のない放送の方が、気になるのだが……!
「襲撃って……今、『定期連絡』とか聞こえたんだが。定期的に襲撃を受けているのか!?
とにかく、まずは状況把握だ」
俺は少女の名前を聞きそびれた事も忘れ、窓へと駆け寄る。両手でノブを握り、勢いよく両開きの窓を全開させた。
――バンッ……!
「でっけぇ……。これが魔王城か……!」
窓の外に広がる魔王城の景色に、思わず小声が漏れる。
ここは最上階だろうか。城の様子を一望できる高さだ。
『――追加報告。敵軍は、勇者の右腕が単身で乗り込んだ模様。
みんなでかかれば、怖くない……!』
まるで、死亡フラグのような発言を最後に、城内放送は途切れた。
城内の不安を煽るトーンだったな……。
俺は窓の外を見下ろし、正門らしき場所を目で探った。この体は視力が優れているのか、前世では到底見えなかった距離でも、難なく目視できる。
「あれが正門らしいな。その前にいるのが、勇者の右腕というヤツか? もう既に、出ていこうとしているが」
確認できたのは、白いローブを羽織り弓を担いだ者。後ろ手で何かを引き摺り、門の外へと向かい歩いていく。
勇者の右腕であり、単身で乗り込んだという事は、それに似合った戦闘力を持っているのだろう。
いったい、どんなヤツなんだ……。
「名は、デュヴェルコードです」
いつの間にか、少女も俺の隣で窓の外を眺めていた。
「デュヴェルコード……。名前からして、強さも誇りも兼ね備えていそうだ。
勇者の右腕だけに、良い名をしている。敵ながら、そう思わないか?」
俺は質問と同時に、少女の方へ顔を向ける。
すると、顔を真っ赤に染めた少女が、既にこちらを見つめていた。
「いえ、その。デュヴェルコードは、わたくしの名前なのですが……」
少女は、モジモジと視線を逸らした。
「…………はぇ? なんで、お前の……」
一瞬、俺は理解が追いつかなかった。
確かに先ほど、放送のせいで自己紹介は途切れてしまったが……。
よりに寄ってその続きを、こんな間の悪い時にしたのか? 2人で侵入者を眺めていた最中に。
どう考えても、名乗るタイミングおかしいだろ……!
「良い名なんて、照れますっ……!
もぅ、パカパカパカパカパカパカパカッ、ロース様のパカッ! 場を弁えてください! 強くて誇り高くて、優しく可愛いだなんて!」
照れ隠しか、俺の胸元にポカポカと、小さな拳を当ててくるデュヴェルコード。
可愛いけど、そこまで言ってないぞ。
それにさっきから『パカ』って。バカの幼稚形か……?
「お、落ち着け、分かったから。お前がデュヴェルコードだな。
それより、今はあの侵入者をどうするかが先ではないか? 話の通じる相手かは分からないが、まずは対話を試みるぞ」
「かしこまりました。では、その逞しい胸元に、失礼致します」
デュヴェルコードは一礼をした途端、俺の胸にしがみつき……。
「『テレポート』!」
部屋いっぱいに、詠唱を響かせた。
すると、密着した俺たちの足元に、光を放つ魔法陣が出現。
「っく、眩しっ……!」
「わたくしがですか?」
俺は足元の眩しさに、思わず目を瞑った。
その瞬間……!
肌身に、室外のような解放感と、そよ吹く風を感じた。
急変した感覚を機に、俺はソッと目を開ける。
「し、瞬間移動!?」
俺の視界に映ったのは、大きく開かれた正門と、歩き去ろうとする白いローブの後ろ姿だった。