10話 天界回帰3
「――ロース様ぁーー! ご無事で何よりですーーっ!!」
突然、玉座の間に響いた叫声が、俺の声を掻き消した。
「この声、どこかで……!」
俺はこの声に聞き覚えがある。
だがハッキリとは思い出せない。いったいいつ、どこで聞いたのだ……?
それに、あまり良い印象を持っていなかった気が……。
俺は声の主を確認するため、叫声の発生源へ視線を移す。
すると玉座の間の入り口に、誰かが立っていた。何やら腕が羽毛のようにモフモフとしているが、翼だろうか……?
「騒々しいですね。大切なミーティング中だと言うのに」
「デュヴェルコードよ、あれは誰だ? 鳥か?」
俺は見覚えのない魔族を目にし、デュヴェルコードへ聞いてみる。
一方でデュヴェルコードは入り口に立つ魔族へ、尻目にかけるような視線を向けていた。
「あの子はハーピィの、ハピリです」
「ハーピィ……通りで腕が翼なわけか。ところでデュヴェルコードよ、急に機嫌を損ねてどうした?」
「なんでもありません。あの子を見ると、気分が少し最悪になるだけですので」
「少し最悪って、どの程度だ……。苦手なタイプなのか?」
「あの子が役立たずなだけです。大した能力もないので戦力にも数えられませんし、ハーピィのくせに飛べもしないので。
あの子にできる事と言えば、床を掃くくらい。ただの歩く羽箒です。
ほんっと、魔王軍に不要な小鳥ですね」
胸の前で腕を組み、話すにつれて苛立ちを剥き出していくデュヴェルコード。
うちの側近は、役立たずなだけでここまで忌み嫌うのか?
俺の立場的にも怖くなってくるんだが……!
「フハハッ! 小鳥と罵る貴様も、十分に小娘であろうに!
それに貴様があの鳥娘を嫌っているのは、違う理由で……」
「喧しいです、コジルドさん! 『ハード・バインド』!」
コジルドが何かを言いかけた瞬間、デュヴェルコードはコジルドに向け捕縛魔法を詠唱した。
その途端、コジルドは魔法陣から出現したロープに、みるみる体を包み込まれていき。
「フムムッ……フムムッ……!」
瞬く間に、全身を拘束された。そのまま身動きひとつ取れない様子で、コジルドはポテリと床に倒れた。
なんだかミイラみたいだ。棺エリアのボスには、ある意味ピッタリな格好だな……。
「――ロース様ーっ! この瞬間を待ち侘びておりましたー! ハピリの思いを受け取ってくださーい!」
ハピリは再び叫ぶなり、俺に向かって走り出した。
翼を持ちながら、わざわざ走るとは……本当に飛べないようだな。だが、そんな事より……。
「なんだろう、凄く聞き覚えのある声だ……!」
「当然ですよ。先ほどのふざけた城内放送を流した、張本人ですから」
「えっ……!」
デュヴェルコードの告知を聞くなり、先ほどの城内放送が俺の脳裏に過った。
『――城内放送の時間です。今話題のホットなニュースをお伝えします。
………………勇者パーティが正門を破り、城内に侵入しました! 戦える者は、ただちに正門へ急行してください!
私……! この戦いでロース様が勝利したら、ロース様に告白するんだっ……!』
同時に、死亡フラグを直感した事も思い出した。
「まさかな……! 危険性のある戦闘は切り抜けたし、今更不幸が訪れる事なんて……」
不安が膨らんでいく最中、俺は元凶であるハピリに視線を向けてみる。
ハピリは幸せそうな笑顔を浮かべ、バサバサと翼を振りながら走り迫ってきていた。
そんな矢先に……。
「おいデュヴェルコード、どこへ行く?」
「お気になさらず、野暮用ですので」
デュヴェルコードは意味深な様子で、俺の前方へとひとり歩き出した。
そして……!
「ロース様ぁ、ロース様ぁ! 大勝利おめでっ……!」
ひとり祝賀ムードのハピリが、俺に差し迫った瞬間。
「うわっ!!」
デュヴェルコードは片足を差し出し、駆けるハピリの足を引っかけた。
「何をやっているんだ……! 悪ガキかよ」
そのままハピリは、体勢を前のめりに宙を舞った。
飛べないはずのハーピィが、俺に向かって飛んでくる……。
「おい、待てよ!?」
俺は飛んでくるハピリを前に、重大な事を思い出した。
――今俺の体力って、残りわずかなんじゃ……!
ンーディオに蹴り飛ばされた小石を食らって以来、回復はしていなかったはず!
「ロース様ぁー! 避けてー!」
俺は回避を試みたが、咄嗟には思うように体が動かず。
「ぐぅわぁぁぁぁーーーーっ……!」
ハピリの頭突きを、真っ向から食らった。
――俺は思考が薄れていき、視界が暗く包まれていく感覚に見舞われた……。