2話 転生事変2
――俺が、魔王……?
自分の正体に疑念を抱いた俺は、恐る恐る指先を見てみた。
「なんだよ、この手……この爪……!」
ゴツゴツとした太い指。鋭く磨かれた爪。人間離れした禍々しい拳……。
俺の意思で動かせるこの手は、間違いなく俺の手。
「ロース様……? ど、どうなされて……」
動揺する俺に、気を配ってくる少女。声は耳に入るものの、頭には入ってこない。
俺は返事をする事なく、辺りを見回した。何か、全身を映せる鏡のような物は……。
壁沿いを探っていると、数枚の窓が目に入った。自分の姿を確認するため、俺はトボトボと窓に向かい歩き出す。
近づくにつれ、薄ぼんやりと映り始めるシルエット。
窓に映る自分と目が合ったところで、俺は歩みを止めた。
「どう見ても、勇者じゃない……」
自分の姿に、悪寒が走った。
鍛えられた肉体に、堅そうな2本の角。鋭い眼光を放つ真っ赤な瞳。そして、白く美しい歯並び……。ホワイトニング仕立てみたいだ……!
「なぁ、聞いてもいいか? 俺は、誰だ……?」
俺は少女に背を向けたまま、質問を飛ばした。
「えっ……! ま、魔王ロース様であらせられます」
「だよな……。そんな感じに見えるわ……」
肩を落とすも、自分の放つオーラで分かる。少女の言う通り、これは紛れもなく魔王の姿。
勇者になるはずが、正反対の魔王に転生したらしい。
「どうして、こんな事に」
落ち込みながら、俺はエリシアの事を思い浮かべた。
あのじゃじゃ馬女神の事だ。転生先を間違えた可能性は、十分あり得る。見るからに、適当そうだし……!
もはやPV詐欺だろこれ。天界にクレームを入れてやりたい……!
俺は落とした肩を戻し、改めて自分の姿を見つめる。
「もうひとつ、聞いてもいいか? 俺って……」
俺は語りかけながら、勢いよく少女へと振り返った。
「俺の顔、超イケメンじゃない!? オーラは禍々しいけど、この顔は整いすぎだろ! 魔王のくせに!」
前世の俺、つまり流崎亮の顔からは想像がつかないほど、大人びたイケメンの顔立ちになっていた。
「本当に、どうなされたのですか……! いつものロース様でないと申しますか。
頭がパカになられたような……。『俺、カッコよくない?』発言は、正直申しあげて、いくらロース様でも……きしょいです」
きしょいって……ごもっともです。自分大好き人間の域を、超えた発言でした。
今は人間ではなく、魔族だが……。
「す、すまない。自分でも恥ずかしくなった。なんだか、長い時を眠っていた感じで、記憶と精神が混乱しているようだ。
俺っ……いや、私の顔も忘れるほどにな」
俺はこの場に似合いそうな、それらしい言い訳で謝罪した。どうか偶然にも、長い眠りから目覚めた魔王の体でありますように……。
「記憶障害を起こされていたとは……!
知らず働いた、わたくしの無礼をお許しください」
幼げなルックスとは裏腹に、折り目正しい振る舞いを見せる少女。
つくづく今日は、分からない事しか起こらない。正直、膝から崩れおちたいほどの苦悩だ。崩れおちたところで、状況は何も変わらないだろうが……。
願わくば、日本に帰りたい。
天界にもクレームを入れたい。
だが、状況把握すらできていない今、それが実現できるとは思えない。
なら今は、やれる事をやろう。まずは情報収集。
幸いにも、俺は魔王という地位に立っているようだ。情報は集めやすいだろう。
言葉遣いからして、目の前の少女は恐らく配下の者。いろいろと聞き出すには、都合がいい。
そして……この世界と自分の地位に合わせ、俺も言葉遣いや振る舞いを、支配者らしく演じてみよう。
「知らなかった事だ、気にする事はない。
今の私は、自分の立場はおろか、自分の名前すら忘れていた、無知な赤子同然の魔王だ。当然、お前の事も分からない。
失った記憶を取り戻すためにも、私に知恵を貸してもらえないか?」
俺の思い描く、魔王らしい口調にしてみたが、こんな感じで良いのだろうか……。
「わたくしの名もお忘れとは……少し、悲しいです。
ですが、記憶を失くされたムチムチなロース様のためにも、わたくしが全力でサポート致します!」
少女は立ち上がり、両手を胸の前でグッと握り締めた。
誰が、わがままボディだ。勝手に無知をひとつ増やすなよ……!
「では改めまして、自己紹介を。…………なんだか、恥ずかしいですね……。
本来ご存じなはずのお方に、名前を名乗るって、こんな気持ちになるのですねっ。複雑な新鮮味ですっ。未知のキュンキュン」
少女は頬を赤らめ、両手で顔を覆った。
魔族でも、乙女心を持っているのだろうか。少し可愛いな……!
「すまない。私にとってお前は、そこそこ初対面なのだが……」
「そっ、そうですよね。失礼致しました。
わたくしは、魔王の側近を務めております、ダークエルフの……」
少女が名乗ろうとした、その時。
『――定期連絡! 定期連絡! ただいま正門にて、敵軍の侵入を確認!
お急ぎでないリスナーは、ただちに正門までお越しください!』
突然、定期連絡とは思えない内容の放送が、少女の声を掻き消した……!