9話 反撃狼煙7
俺はこの世界に転生して、唯一会得した魔法がある。それは最安値で、最弱の魔法……。
「――『スパーク』!」
俺は魔法を詠唱し、振りかぶった右手に放電を発生させた。
パチパチと小さな音を立てる静電気程度の魔法と共に、ンーディオに向け拳打を放つ。
好奇心とお試し感覚で会得した下級魔法だが、まさか勇者を相手に使う事になるとは。
それも、魔王ともあろう者が……!
「あと少し……当たれ……!」
俺の放った拳を中心に、立ち込めた煙は道を開くように裂けていく。
視界の冴えない煙の中で、少しずつンーディオのシルエットが実体へと近づいていき。
「食らえンーディオ!」
「テメッ、今『スパーク』って……!」
――ガンッ……パチパチッ……!
ンーディオの姿をハッキリと捉えたと同時に、俺の拳は終着点に達した。
手応えから察するに、俺の一撃はンーディオの肉体には届いていない。感触からして、聖剣エクスクラメーションの剣身だろう。
拳打の衝撃により、周辺を包み込んでいた煙は一瞬にして周囲へと散り広がった。
「この視界の悪さで防がれた。まさか『オートガード』か……?」
打点を中心に視界が晴れ渡り、俺は聖剣でガードされた事実を視認した。
俺の右手が未だにパチパチと放電を続ける最中、ンーディオの表情を見てみると。
「なんだ、その顔は……!」
それはまるで、人類が初めて電気を目の当たりにしたような、あからさまな驚き顔。
俺は異世界転生を経て、次はタイムスリップでもしたのだろうか?
そんな訳はないが、なんだか古代人に電気を見せつけているみたいだ……!
パチパチと放電を続ける俺の拳に、いつまでも目が釘付けのンーディオ。
「がっ……ががっ…………!」
終いには、言葉も出ていない始末。
眼球が飛び出るほど凝視を続ける両目に、アゴの筋肉が壊れたように開かれた大口。
そして特徴的なカマキリ型の鋭い眉毛は、弱々しいハの字に変形していた。
衝撃など遥かに超越し、凄まじい仰天顔と化したンーディオ。
「テメッ、テメェ……! そのパチパチする右手はなんだ!」
「………………言わせるな、恥ずかしい」
ガタガタと震える聖剣を目にし、俺は呆れながら答える。
するとンーディオは、突然バックステップで俺から距離をとった。
まさか本当に、デュヴェルコードの言った通りになるとは……!
この作戦の言い出しっぺである、デュヴェルコードをチラリと見てみると。
「――フフンッ……!」
下目遣いのドヤ顔で、ンーディオを見つめていた。
なぜお前が得意げなのだ、ロリエルフ……!
て言うか、こんな下級魔法1発でドヤ顔をしないでくれ。誇らしく思えるほど、大した魔法じゃないだろ。
「テメェが魔法だと!? 認めねぇぞ! どんなトリックを使いやがった!」
「騒ぐな、ただの『スパーク』だろ……」
「なにが騒ぐなだ、ゴラッ!! いっぱしの強者ヅラして、スカしてんじゃねぇよ!
その『ただ魔法を使っただけだ』みてぇな当たり前顔やめろ!」
「いやだから、本当に騒がないでくれ。スカしとかではなく、呆れた方で頼んでいるんだ……!」
驚きの様子が止まらないンーディオを前に、俺は右手の放電を解除した。
どいつもこいつも……圧倒的なチート技を目撃したようなリアクションばかり取りやがって、バカにしてんのか……!?
みんな遥かに、俺よりも凄い魔法を使っているだろ……!
「おい魔王、答えろ! テメェ、いったいどんな裏技を使いやがった!」
「………………バカにするな! ついに声に出して言ってしまったわ!
たかが『スパーク』で、最上級魔法を見たような驚き方をするな!」
「だってテメェは現にバカだろ! 魔法取得に必要な知力を持ってねぇ、脳筋魔王だろ!
チンピラじみた殴り合いスタイルしかできなかったテメェが、どのツラ下げて魔法なんてカマしてんだ!」
チンピラはお前だろ……!
「誰しも成長くらいするだろ。それは魔族でも人族でも、共通して言える事ではないのか?」
「テメェだけは別だ、単細胞魔王! テメェが魔法を覚えられる訳がねぇんだ。チートか? 明らかにチートだろ!
この世の摂理を崩して満足か!」
対話を重ねるうちに、少しずつ焦りと怒りの様子を出し始めたンーディオ。
頼むから、こんな下級魔法でチート呼ばわりをしないでくれ。
どれだけ頭悪いキャラだと思われていたんだ、前魔王……!
「このチート野郎が……止めだ……!」
――ガチャ……。
突然、ンーディオは冷静さを取り戻したように呟き、聖剣を鞘に納めた。
「――おい、オレのハーレム共! 今すぐオレの元に来い、興醒めだ!」
ンーディオは俺に背を向け、パーティメンバーを呼び戻すように指示を叫んだ。