9話 反撃狼煙6
「ロース様にしかできない……いいえ、ロース様にしか成し得ない! とっておきの大技があるではありませんか!」
「大技って、魔王パ…………拳打の事か?
それなら既にやっているが」
突然何かを思い立った様子のデュヴェルコードに、俺は見当がつかず聞いてみる。
危うくまた、見窄らしい技名を口にするところだった。俺も学習しないな……。
「最もこの状況にマッチした大技ですよ、ロース様の大好きなアレです!」
起死回生の一手を閃いた表情の奥で、微量に裏のありそうな目の輝きを感じる。
「さぁロース様! この場にいる者たち……特にあのチンピラじみた勇者を、震え上がらせてやりましょう! そして今回も、魔王軍に勝利を齎してください!」
「だから、その大技はなんだと言うのだ……?」
デュヴェルコードは握った俺の手を引き、体勢を自身の背丈に合わせるよう誘導してくる。
俺が中腰になったところで、デュヴェルコードは俺の片耳に顔を近づけてきた。
「耳元で失礼します。ゴニョゴニョ」
この子は、まったく……!
「デュヴェルコードよ、『ゴニョゴニョ』は単なる表現であって、声に出して言うものではないぞ。
そんなセルフサービスはいいから、早く教えてくれ」
「も、申し訳ありませんっ!!」
「うっ」
「では改めまして……」
デュヴェルコードによる、耳元での大声謝罪に耳を痛めながら……。俺は小声で囁かれる、大技の正体を聞き受けた。
「………………今申した事は、本気か?」
「もちろん、本気も本気です! 以前にわたくしが取ったリアクションを、お忘れですか?」
「覚えているが……」
「きっと大丈夫です! コジルドさんは助かり、勇者パーティも撃退。そしてロース様は美味しいところを分捕れる。
まさにウィンウィンウィンな大技と言えます!」
依然として怪しくニヤつき、俺の片手をギュッと握り締めたデュヴェルコード。
ウィンがひとつ多いんだが。て言うか最後のは、ただの卑怯者思考だろ……!
俺にフィニッシャー泥棒の濡れ衣を着せようとするな……!
「それより早くしないと、コジルドさんの動きが鈍くなってきていますよ!
そろそろ限界が近そうです」
コジルドの様子を見てみると、確かに槍を突くキレが落ちている気がした。
決断する時間すら与えてもらえないのかよ……!
「あまり乗り気にはなれないが、側近の提案として信用していいんだな?」
「お任せください! わたくしが可笑しな言動をした事がありますか!?」
沢山あるわ……!
「こうなればヤケクソだ、行ってくる……!
失敗しそうになった時は、しっかりフォローしてくれよ!」
「かしこまりました! ロース様、ゴーッ!」
デュヴェルコードは自信に満ちた声色で、ンーディオを指差した。
俺はドッグランにいる飼い犬か……!
俺はゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと歩き出す。
「上手くいかなかったら、後で文句言ってやるからな。その時は天界にいるかもしれないが……」
小さく不安を漏らしながら、俺は戦闘中のンーディオに向かい助走を開始。気の進まない一撃を狙い、徐々にスピードを上げていく。
そして……。
「コジルド! あとは私に任せて、お前は引くんだ!
煙幕に紛れて、そこから離れろ! 今すぐにスモークを焚け!」
「テメェ、魔王! あと少しのところで……!」
俺の出したコジルドへの指示に、いち早く反応したンーディオ。防御の手を止める事なく、一瞬だけ俺へと視線を飛ばして来た。
「貴様ぁ……。我に指図するな。『クリエイト・スモーク』……」
コジルドは攻撃をピタリと止め、滞空したまま周囲に煙幕を発生させた。
指図するなと言うわりに、素直に従ってくれた。キレていても、根は構ってちゃんのようだな……!
――だが、これでいい。
アドリブではあるが、煙を焚かせたのには理由がある。それはコジルドを避難させるためではなく、真の目的は俺が煙幕に紛れるため。
コジルドが攻撃を止めた今、無鉄砲にンーディオへ突っ込んで行っても、返り討ちに遭うだけだと悟った。
ンーディオの位置は覚えた。そして狙いも定めた。
あとは、成功を祈るのみ……!
俺はコジルドの発生させた煙の中に飛び込み、ンーディオを最後に見た位置へと突き進む。
「どこだ魔王っ! コソコソ隠れてんじゃねぇよ、ヘタレが!」
俺の向かう先から聞こえてきた、ンーディオの声。叫んでくれたお陰で、目指している見えない位置を再確認できた。
デュヴェルコードの言う大技を放つため、俺は足を止める事なく右手を振りかぶった。
俺が指示された、その大技とは……!
「ンーディオ! この一撃でけりを付けてやる!」
「テメェ、調子こいてんじゃ……!」
走り続ける煙の中で、ンーディオの姿を視界に捉えた途端。
「――『スパーク』!」
俺は魔法を詠唱し、ンーディオに向け拳打を放った。