9話 反撃狼煙5
「デュヴェルコードよ、そのいかにもな思い出し笑いはなんだ? ニタニタ顔になっているぞ」
戦果報告をするにあたり、突然ニヤつき始めたデュヴェルコード。
「プフッすいません、アハハッ! 思い出したらつい、顔がヘラヘラしてきました」
デュヴェルコードは腰に当てた両手を離し、自身の両頬をパシパシッと叩いた。
顔がヘラヘラって、なんて締まらない表現だ……!
目の前でコジルドが激闘中だと言うのに、緊張感なさすぎるだろ。呑気にヘラついている場合かよ……!
「気を引き締め直して、ご報告致します!
ロース様を退避させた後も、残念な女は『ショットガンアロー』を撃ち続けてきました。それに対し、わたくしは球体化させた『クリスタルドーム』の中で、ひたすら防御に徹しておりました」
「よ、よくもあんな恐ろしい矢を耐え続けたな」
「わたくしが魔法で負ける訳には、いきませんので。
それから耐え続けて間もなく、残念な女の矢が底をついたので、わたくしは『ウィンド・ブースト』の魔法を唱え突進を試みたのです。
もちろん『クリスタルドーム』ごとですよ。そのまま残念な女に、体当たりしました。ギャーンと!」
「シノの弾切れが勝因かよ。矢の残量も把握せず調子に乗って連射するとは、ますます残念な女だな。
しかし体当たりだけで、決定打になるのか? あれでも勇者の右腕だぞ」
「ロース様のおっしゃる通り、さすがに突進しただけでは決め手に欠けました。痛がりつつも、起き上がろうと悪あがく様子でしたので。
ですから仰向けに倒れた残念な女の所まで、『クリスタルドーム』に身を包んだままゴロゴロと転がり歩き、上から伸し掛かってやりました」
何その、ビニールボールのアトラクションみたいな戦法。遊園地でエンジョイする子供かよ……!
「そ、そのままドームで引き逃げしたのか?」
「いいえ。残念な女を下敷きに、『グラビティプレス』の魔法で重圧を加えて差し上げました! わたくしの軽い体では、物足りないと思いまして」
「………………それのどこに、思い出し笑いする要素があるのだ?
なかなかに酷な戦況だと思うが」
「アハハッ、だってだってですよ! 半透明なクリスタル越しに、わたくしの足元で残念な女の顔が少しずつ、へちゃけていくんですもの! 滑稽でしたよ! こう、ブチューッて!
足元でジワジワと、窓ガラスに貼り付いた女オークの顔面みたいになっていく様子と来たら……アハハッ!
人族とは、あんなパカで醜い変顔ができる種族なのですね!」
次第に腹を抱え、涙目になりながら大笑いを始めたデュヴェルコード。
それはシノより、遠回しに女オークをディスっていないか……?
それに変顔ができるのではなく、お前が無理やり形を変えたんだよ……!
「まったくシノとは……残念って言葉が悉く似合う生き物だな。それ代表だな」
俺は虚しく倒れているシノを見つめ、力無くため息をついた。
見下ろした足元で、美女の顔が強制的に変顔化していく様子など、想像したくもない……。
「ロース様、いかがなさいましたか? わたくしとの間に、なんだか温度差が……。
ご自身の想像力が乏しい事を、悔やまれておられるとか?」
「私は敢えて想像していないだけ……って、誰が乏しいだ! 仮にそうだとしても、今そんな事を悔いるわけがないだろ!
お前はお前で、相変わらずトチ狂った洞察力だな」
「しっ、失礼致しました!」
デュヴェルコードは途端に畏まり、大きく頭を下げた。
「大声を出してすまない、頭を上げてくれ。気の抜けるような死闘でも、勝ち方はどうあれ勝ちは勝ちだ。ご苦労だったな、デュヴェルコードよ」
「もったいなきお言葉。敵さんの一角を打ち崩しただけですが、ありがとうございます」
「あとはレアコードとコジルドだが。残り2組の激闘を、どう支援してやれば……」
レアコード対イマシエル。コジルド対ンーディオ。
玉座の間で繰り広げられる双方の激闘を、俺は交互に見比べる。
どちらも俺の付け入る隙もないほど、白熱した戦闘を続けていた。
「私が参戦しても、かえって邪魔になりそうだな。ふたりの妨げになるかもしれん」
「ロース様。レア姉につきましては、放っておいてもご心配いりません。確かに顔面プレーンさんも驚きの強さですが、見る限りレア姉の方が1枚も2枚も上手です。
それよりも、コジルドさんの方です」
先ほどのヘラついた態度が嘘のように、不穏な様子でコジルドの方へ顔を向けたデュヴェルコード。
それに釣られ、俺も自然とコジルドの方へ視線を移す。
「いくらちょいギレしたコジルドさんの狂技でも、チンピラ勇者の『オートガード』を突破するのは難儀です。
敵さんを貪り尽くすまで止まらない攻撃に対し、チンピラ勇者は己の限りを防御にあてた鉄壁の守り。
これは言わば、お互いの精神力と体力の勝負です」
「消耗戦という事か。そうなれば、コジルドは勝ち目が薄いだろうな」
「おっしゃる通りだと思われます。攻守において体力の消耗が激しいのは、言うまでもなく攻め側。
加えてコジルドさんは、滞空するための体力も同時に消費しています。
………………降りて戦えばいいのに、パカですね……!」
締めの冷たい一言に合わせ、頭髪の毛先をクルクルと指でイジりだしたデュヴェルコード。
「そうだな、バカは言い過ぎだが……。
戦況的に見て、コジルドの方を助けてやりたいが、私たちにできる事はあるか?」
「さぁ……。『お友達になろう』とでも言って差し上げます? コジルドさんは自他共に認める、ひとりボッチなので。
ベストフレンド認定でもすれば、少しはやる気が増したり………………あっ!!」
突然何かを思い立ったように、デュヴェルコードは俺に向けギョッと目を見開いた。
「ど、どうしたっ!? フレンド申請より良い手を思いついたか?」
「はいっ!」
「そうか、ならその髪の毛をイジる手は止めような。いつまでクルクルしているのだ……!」
俺はデュヴェルコードの手を掴み、優しく下へと降ろした。
「あのチンピラ勇者を撃退するのに、打ってつけの策があります!
それはロース様がお持ちの、とっておきの大技です!」
「………………なんの事だ?」
何か裏がありそうなニヤつき顔で、デュヴェルコードは俺の片手を握り締めた。