9話 反撃狼煙3
ンーディオに向け、ゆっくりと槍を構えたコジルド。
「――貴様は少しやり過ぎた……。戯れは、終わりだ……!」
やり過ぎたって……。マントが破れただけで相手を始末しようとする方が、よっぽどやり過ぎだと思うが。
しかし実際にマントを破ったのは、俺だけどな……。
「おい魔王……。テメェが言う希望の光ってやつが、オレの戦意を喪失させるほどイテェんだが……!
これがテメェの策略か? してやったりの戦略か? オレのやる気が削げてウハウハか?」
「………………言うな、私だって見ていられないほど恥ずかしいのだ。
こんな化学反応を、希望していたわけがないだろ……!」
剣先を力なく床に降ろしたンーディオに合わせ、俺も同じテンションで返答する。
頼むから、切り札として起用した俺に恥をかかせないでくれ、コジルド……!
「――償え……償え償え償え償え、死をもって償え……!」
「………………なんかテメェ、陰キャくせぇな。『隅っ子』の臭いがするぞ。
オレの何にキレてんのか知らねぇが、そのキレ方もイテェぞ」
「口の減らぬ猿め。我を失った今の我は、貴様を葬るまで止まらんぞ……!」
依然として槍を構えたまま、自我を失ったアピールをするコジルド。
前回も俺に同じ事を言っていたが、自分で『我を失った』と言えている時点で、軽く自我を保ててるだろ……!
まるで、駄々をこねる子供を見ているようだ。
おさまりが悪い雰囲気の最中、槍を構えるコジルドの手から、ギュッと握り直す摩擦音が聞こえた。
「地獄で詫びろ。狂技、『死の食飲』……!」
コジルドが技名を唱えた途端、手に持つ槍が禍々しいオーラを纏い始めた。
物騒な技の雰囲気は伝わるが、『死の食飲』って。なんだか、市役所勤めみたいな技名だな……。
前回の『死のフラット』と言い、今回の『死の食飲』と言い。日本出身の俺からしたら、違和感でしかない。
語呂合わせまで、ナチュラルにコジらせないでくれ……!
「ハハッ! その技を相手すんなら、オレもマジにならねぇとな!
ったく……相も変わらずコジった野郎だ」
聖剣を構え直すンーディオの発言に、俺は咄嗟に違和感を覚えた。
「おいンーディオ、今なんて……」
すぐさまンーディオに確認を取ろうとした、次の瞬間。
コジルドはンーディオに向かい、進撃を開始した。
目を見張る凄まじい速度で、双方の間合いを詰めていくコジルド。
「調子乗んな、心のわだかまりが!」
ンーディオは迫るコジルドに対し、先制の一撃をしかけた。
しかしコジルドは、攻撃を未然に察知していた様子で空中に飛び上がり、軽々と聖剣を躱す。
空中でのわずかな失速を利用し、コジルドは鮮やかな放物線を描きながら、ガラ空きであるンーディオの頭上をとった。
一糸乱れぬ美しい空中姿勢を目の当たりにし、俺はコジルドが空中で止まっているように感じた。
「このえせ勇者が……処すっ……!」
コジルドは槍を振りかぶり、空中にも関わらずンーディオの脳天に向け槍先を突き出した。
「誰がえせ勇者だゴラッ! この陰キャが!」
ンーディオは空振りした聖剣を頭上に素早く構え、コジルドの攻撃を巧みに捌いた。
だがコジルドは一撃を防がれた事をものともせず、更に槍を構え直す。
「『死の食飲・追』」
「めんどくせぇ! スキル『オートガード』!」
コジルドの追撃に対し、スキルを唱えたンーディオ。
スキル名から察するに、自動防御のスキルだろう。しかし空中で満足に動けない相手を前に、なぜ防御強化に徹したのだ……?
考えていた矢先、オレの疑問は瞬く間に解消された。
「ご、豪雨でも見ているようだ……」
――その光景はまるで、槍の雨。
空中で繰り出された『死の食飲・追』の正体は、凄まじい突きの応酬だった。
絶え間なく槍を突き続ける様子は、まさに対象を食い尽くすまで諦めない暴食の魔槍。
ンーディオは頭上から降り注ぐ槍の雨に対し、スキルを活かし必死に聖剣で防御する。
鋭利な刃先が激しくぶつかり合う音に、俺は身の毛がよだった。
しかし……。
「なんだかアイツ、不自然なほど宙に浮いていないか?
明らかに重力を無視しているんだが」
始めは姿勢の良さから、空中に止まっているように感じたが……。
今は明らかに、空中で止まっている。
「――その疑問に関しては、わたくしがご説明します」
「わっ!」
突然背後から声をかけられ、俺は慌てて振り返る。
そこにはデュヴェルコードが、何食わぬ顔で立っていた。
「聞いて驚かないでくださいね。コジルドさんは、現に飛んでいるのです」
聞いて驚くも何も、聞く前から既に驚いたんだが。肝を冷やすタイプで……!