9話 反撃狼煙2
「我に曇りなき眼を……閉ざせですと?」
俺は策を閃くなり、コジルドに目を閉じろと指示を出した。
しかし理解が追いつかない様子で、コジルドは疑惑の表情を露わにしてくる。
「曇りなき……までは言ってないが、そうだっ。私を信じて、少しでいいから静かに目を閉じていてくれ」
「い、意味深ですな……。ですが信頼されしロース様のお言葉ゆえ、甘んじて受け入れましょう!
…………さぁ、どうぞ」
コジルドは両目をゆっくりと閉じ、穏やかに佇んだ。
提案に乗ってくれたのはいいが、コイツ……。なんでちょっとだけ、アゴを突き出してんだ……!
何を勘違いしているかは聞きたくないが、聞かずとも気持ち悪いな……!
――だが、これでいい。
コジルドには悪いが、ひと役買ってもらう……!
俺は素早く腰を落とし、コジルドの足元に手を伸ばす。
そして……。
「あぁーーっ! コジルド、大変だ! これを見てみろ!」
俺は大袈裟に声を荒げ、コジルドの足元に指を差した。
「どっ、どうなされたロース様!?」
俺の呼びかけに、コジルドはすぐさま目を見開いた。
「お前の大切なマントの端が、破れているぞ! きっとどさくさ紛れに、あのチンピラ勇者が破いたに違いない!」
俺は説明くさく嗾けると共に……。ゆっくり、ゆっくりとコジルドから距離をとり始める。
この後に訪れるであろう嵐に、巻き込まれないために……!
破れたマントを、空っぽの瞳で見つめるコジルド。そして静かに片手を床に向け。
「『クリエイト・スモーク』……」
小さな声で、煙幕魔法を唱えた。
途端にコジルドの周囲は、土煙に覆われていく。
「どうやら、作戦は上手くいったようだ……」
俺は誰にも聞こえないほど小さな声で安堵する。
そう、俺が閃いた策……。それは訓練中に見たコジルドの狂乱を、再び強制解放する事。
先ほどコジルドが目を閉じていた際、俺はコジルドの大切にしているマントに手を伸ばし、バレないよう静かに端の方を破っておいた。
そしてその偽装工作を、ンーディオのせいに仕立て上げたのだ。
「コジルドよ! お前の大切なマントを破ったあの小悪党を、このまま許せるのか!?
許せないよな、許せるわけないよな!」
「あぁ? 何を他人に罪擦ってんだ、脳筋魔王。
テメェが破ってたじゃねぇか」
「み、耳を貸すなよコジルド。あのチンピラ勇者はバカだ、間抜けだ。
あんな下手くそな嘘に騙されるほど、お前はバカじゃないだろ!?」
余計な真実を告げるンーディオを、俺は必死に遮る。
「…………当たり前だ、見くびるな。そんな猿知恵に、踊らされるわけがない……!」
コジルドは土煙の中から、重々しい声で返してきた。
見くびるなって……。お前は1度、そのバカの嘘に騙されて殺されただろ……!
挙句に俺の偽装工作にも騙されているし。
「ケッ! とことんイテェな。汚ねぇ埃に塗れやがって、二重の意味で煙てぇ野郎だ」
「ほざくな小僧が、これは嵐の前触れだ。そして……」
コジルドはマントを派手に脱ぎ捨てると共に、周囲の土煙を勢いよく振り払った。
「そして、『反撃の狼煙』と知れ……!」
前回と同じように、あからさまに様相を変えて土煙から姿を現したコジルド。
ターゲットが誰であろうと容赦なく襲いかかる激昂に加え、俺を貫いたあの狂技があれば……。
ンーディオに、勝てるかもしれない……!
しかし相変わらず、痛々しいルーティーンと言うか、ベタな自作自演だな。
コジルドなりの、確定演出みたいなものか……?
そういった狂変する登場パターンに憧れているのだろうが、自作自演されると流石に痛すぎる……。
コジルドの脱ぎ捨てたマントが、ヒラヒラと床に落ちるなり。
「――貴様は少しやり過ぎた……。戯れは、終わりだ……!」
コジルドはンーディオに向け、ゆっくりと槍を構えた。