9話 反撃狼煙1
――魔王城、玉座の間。
この肌寒く広い空間で、俺たち魔王軍と勇者パーティによる、手に汗握るアツい死闘が繰り広げられていた。
俺から距離をとり、各々に敵と交戦を続けるデュヴェルコードとレアコード。
そして俺の前では……。
「ハハッ! オラオラどうした、心のわだかまり野郎。さっきまでの痛々しい威勢はどこへ行った!」
「ええいっ、忌々しい! ネチネチと嫌らしい近接をしよって!
貴様、女にモテないタイプだろ」
「テメェにだけは言われたくねぇよ! テメェは全種族から、いけ好かれねぇ野郎だろ!」
ピンチに駆けつけ、ンーディオから俺を庇い応戦するコジルド。
しかし槍のリーチを活かせない間合いを維持され、ンーディオの猛攻に苦戦を強いられていた。
「どうにかしないと、このままではコジルドが持たない。早く、早くっ……!」
俺は焦りを露わに、ポケットから『オブテイン・キー』を取り出した。
そしてスルスルと指先をなぞらせ、カード操作を進めていく。
「あった、これだ……! 転生トクテンは残り55ポイントしかないが、背に腹は代えられない」
目的の取得ページまで操作を進めた俺は、迷う事なく取得ボタンを押した。
すると……。
『――5ポイントを消費して、このアイテムを取得しますか? ギブスまみれのワキガ外交官さん』
毎度お馴染みの、持ち主をおちょくるユーザー名と共に、確認ページが浮き上がった。
こんな切羽詰まった状況であろうと、どうしても一瞬だけイラッとするな……!
残り少ない貴重なポイントを削ってまで、取得を試みたアイテムとは……。
「少量でいい、今はこの回復薬が必要だ」
俺は確認ページの『はい』を、力強くタップした。
長期に渡り使える武器ならまだしも、1度きりしか使えないアイテムを、貴重なポイントで取得するのは些か気が引ける。
だがそんなポイント消費など、俺を庇い戦ってくれるコジルドを思えば、少しも惜しくはない!
「こんなの安い買い物だ。早く出現してくれ、回復薬っ……!」
俺は『オブテイン・キー』を仕舞い、取得した回復薬の出現を待った。
だが辺りを見回しても、回復薬らしきアイテムは出現しない……。
「ど、どう言う事だ?」
不安と焦りを募らせながら、キョロキョロと回復薬を探していた。
その時……!
「んっ……? ゴボボッ……!」
突然、口の中に苦味を感じた。
これって、まさか……!
「ゴボッ、ゴボボボボッ」
苦味を感じた直後に、声を遮られるほどの液体が口の中に出現。
どこから湧き出てくるのかは不明だが、閉ざした口の中に液体がみるみる注がれていく。
そして瞬く間に、両頬を膨らませるほどの量が注がれ、口の中が液体で満たされた。
この液体の正体は、どうせアレだろう……飲み干すしかない……!
――ゴクッ、ゴクッ……!
飲み干すと共に、俺の体力は少しばかり回復した。
やはり口の中に注がれた液体は、取得した回復薬だった。
回復薬だったが……!
「なんだよ、この仕様! 瓶が不要でエコロジーだけど、どこ削減してんだ! 誰得だ!
危うく溺れるところだった!」
俺はひとり、誰に当たればいいのか分からない不満をぶちまけた。
しかしこれで、どんな攻撃を受けても一撃は耐えられる準備ができた。
少しばかり心を落ち着かせ、俺はその場にスッと立ち上がる。
目の前で戦うコジルドたちに、注意を払い……。
「今だっ……。コジルド! よく耐えた、私も参戦するぞ! 回復も済ませた!」
俺はタイミングを見計らい、コジルドの背後から勢いよく飛び出し、ンーディオに拳打を仕掛けた。
「今度はテメェが邪魔すんのか魔王!」
即座に攻撃の手を止め、俺の拳を剣身でガードしたンーディオ。そのまま拳打の圧に押されるように、足裏をズルズルと床に擦りながら後ろに離れていく。
牽制のつもりで放った拳打とは言え、死角からの不意打ちに反応できるとは……。やはりバケモノだ……!
「ロ、ロース様……」
少し悲哀を感じる小さな声で、俺を呼んできたコジルド。
「遅くなってすまない。少量ではあるが、回復は済ませた」
「は、はい……」
「これで少しは参戦できる、だから……。
おいコジルド、その可哀そうな者を見る目は止めないか……!」
振り向くと、コジルドは俺を哀れそうに見つめていた。
「ロース様……あれだけご忠告したのに……。いろんな意味で、苦渋を舐められたのですな」
「おい待て、私は正当な……」
「床に這いつくばり、溢れた回復薬を舌でチロチロとお舐めになられてまで、回復の道を選ばれるとは……。
命欲しさに、尊厳を捨てられたのですな」
誤解を解こうとする俺を遮り、嘆き続けるコジルド。
コイツは自分の背後で、俺がそんな事をしたと本当に思っているのか……!?
「変な誤解はよせ、ちゃんと自力で回復したに決まっているだろ。
それより、今は目の前のバケモノじみたチンピラを、どうするかだ……!」
俺は気を引き締め直し、距離をとったンーディオに向け、キッと睨みをきかす。
「ハハッ! 腰抜け魔王のくせして、ガン飛ばしてんじゃねぇよ」
「この無礼者っ……! 貴様のような間抜けた勇者が、どなたに向かって腰抜けと申す。
間抜け対腰抜けのデュエルなどに、我は関与などしたくもないぞ!」
俺に続き、コジルドも鋭い睨みをきかせ論破する。
言い返すのはいいが、言葉を選べよ。その口振りだと、俺が腰抜け枠じゃないか……!
「ゴチャゴチャと減らねぇな、魔族共の口ってのはよ!
オレは2対1でも上等だ、まとめてかかって来いや。テメェらに勝機があるんならな……!」
ンーディオは俺たちを煽るように、2本の指をクイクイと曲げて見せた。
だが確かに、ンーディオの言う通り……。
俺が参戦したところで、勝機が大幅にアップするとは限らない。
多少なりともンーディオの気を逸らす事はできるが、コジルドとの初タッグでは決定打に欠けるだろう。
「何か、何か策はないか……!」
「ロース様、我とふたりで突貫あるのみですぞ!」
うるさいな、少し黙ってろ厨二野郎。こっちは真面目に考えてんだ……!
なんでもいい、チンピラ勇者に対抗し得る策は……。
「あっ……た、勝てるかも……!」
俺は閃くなり、コジルドの肩に力強く手を置いた。
「――コジルドよ。10秒……いや5秒でいい。私を信じて、静かに目を閉じろ……!」