8話 個々死闘5
ンーディオの攻撃を食い止めた直後に、俺は力強く聖剣を押し返した。
「見せてやるよ、これが魔王の底力だ!」
「テメッ、イキがってんじゃっ……!」
聖剣を押し返されたンーディオは、そのまま後ろに状態を反らせ後退りする。
ンーディオが怯んだ隙を見計らい、俺は右手で腕から盾を引き剥がし。
「私を守り抜いた盾よ、今度は攻撃に転じろ!」
ンーディオの胸元を目掛け、盾を真っ直ぐに投げ飛ばした。
ボロボロの盾はぎこちない回転を纏い、ンーディオへと飛んでいく。
いくら化け物じみた勇者とは言え、こんな数歩の距離で対処できるわけ……。
「舐めてんじゃねぇっ!」
ンーディオは瞬時に蹌踉めく足を止め、迫る盾へと聖剣を振り下ろし、地面に叩き落とした。
大口を叩くチンピラだけあって、やはり中身は化け物でした……。こんな至近距離の飛び道具、止められないだろ普通……!
――だが、これでいい。
躱されようが、はたき落とされようが、そんな事は関係ない。
ンーディオの戦闘能力を考慮すれば、むしろ今では想定内に思えてきた。
端から俺の狙いは、盾を食らわせる事ではない。
本当の狙いは……!
「お前も楽しい反射神経だな。お陰で隙を作れたよ」
ンーディオが盾の飛来を阻止する最中、俺は既に初速を切っていた。
――本当の狙いは、たった一撃……!
全力の拳ひとつを打ち込む事。ただそれだけに、全神経を尖らせていた。
聖剣を振り下ろし、剣先を地につけたンーディオ。
その間に俺は、備わった脚力を活かしンーディオの胸元へと飛び込む。
「おいっ、調子乗ん……」
ンーディオは焦りを含んだ顔つきで、聖剣を振り上げかけるも……。
狙いを定めていた俺のモーションは、ンーディオに遅れをとる事なく完了していた。
「魔王パッ……! 食らえチンピラッ!」
危うく見窄らしい技名を言いかけたが……。
俺はありったけの力を込め、握り締めた拳をンーディオに放った!
俺自身にも見えない速さで、真っ直ぐ繰り出した一撃。
拳の先から、ンーディオの胸元を捉えた感触が伝わった。
「ゴハッ……!」
激痛を感じたのか、瞬く間にンーディオの顔は歪み、口から唾が弾ける。
俺が拳を振り切ると共に、打点を中心にンーディオは後方へと吹っ飛んだ。
「わわわっ! ンーディオ様が、マイルの方に飛んで来るでごじゃりゅ!
何とかしないと! あっ、でごじゃりゅ!」
戦闘に集中して気がつかなかったが、ンーディオの飛んでいった先にマイルが佇んでいた。
マイルはあたふたと慌てた様子で、両手を大きく振り始め。
そして……。
「えいっ!」
マイルはバンザイの体勢で、数センチほど真横へダイブし、迫り来るンーディオから身を躱した。
あれは回避と言うより、転けたのか?
ほとんどその場で倒れたが……。
それに『何とかしないと』と言いつつ、狼狽えた挙句にリーダーを見捨てて、我が身可愛さに逃げるとは……。
マイルの横を通過したンーディオは、次第に飛んでいく勢いが弱まり。
――ズズズーーッ……。
床に擦れる音と共に、仰向けで静かに着地した。
どうやら俺の一撃は効いたようだが、少しだけ拳に違和感があった気が……。
「大変でごじゃりゅ! ンーディオ様が飛んで来たと思えば、今度は倒れているでごじゃりゅ!
早く回復させないと、怒られちゃう…………じゃりゅ!」
マイルはムクリと立ち上がり、身の丈に合わないほどの大きな杖を両手で握り締めた。そしてンーディオへ向かい、チョビチョビと走り始める。
あのマイルという少女は、確かヒーラーと言っていた。
まだンーディオに息も戦意もあるのなら、ここで回復されるのはマズい……!
「あのヒーラーより早く、ンーディオに辿り着く!」
ンーディオの生死を確かめるため、そしてマイルの回復より先にトドメを刺すため……!
俺は再びンーディオに向けて、勢いよく走り出した。
「きゃあぁぁーーーっ! 恐ろしい魔王が、マイルを追いかけて来るでこじゃりゅー!」
突然顔を振り向かせ、俺を見るなり泣き叫びだしたマイル。
「こんな幼気な女の子にまで、暴力を振るおうとするなんてーっ!
誰か助けてーっ、ロリコン魔王に襲われそうじゃりゅーっ!」
「誰がロリコンだっ! 人聞きの悪いあだ名を叫ぶな! 私の狙いはお前ではなく、チンピラ勇者だ!」
俺に顔を振り向かせたまま、泣き顔でチョビチョビと走り続けるマイル。
俺の疾走と比べて、余りに遅いマイルの駆け足……。
茶番のような駆けっこに付き合うつもりもない俺は、一瞬にしてマイルを抜き去った。
マイルを横切り、間もなく。
俺は倒れたンーディオの元に辿り着き、目前で急停止した。
そして透かさず、打点であるンーディオの胸元に視線を向けてみる。
「まさか……浅かった……?」
ンーディオの胸元は、衣類が破れた程度の軽傷に過ぎなかった。
岩をも砕く拳を受けたはずなのに、どうして……!
「殴り損ねたか……!」
「――だろうな、下手くそが……」
胸元に集中していた矢先に、ンーディオの声が聞こえた。
俺は真っ先に、視線をンーディオの顔へと移す。
すると既に、ンーディオは全てを見透かしたような怪しい笑顔で、俺をジッと見つめていた。
「ハハッ! 食らえや、『トゥレメンダス・フレアバースト』」
仰向けのまま俺に片手を翳し、ンーディオは爆発魔法を唱えた……!