8話 個々死闘4
俺の頭上に振り下ろされる、聖剣エクスクラメーションの真っ赤な剣身。
「や、やばっ……!」
迫る剣身に釘付けの視点。
キュッと縮み上がる心臓。
地に張りついた重たい足。
思考より早く、咄嗟に動いた左腕……!
俺を狙う悍ましい刃を目前とし、脳内にビンビンと危険信号が飛び交う。
――ガンッ……!
左腕に伝わる痺れるほどの振動と、肝を冷やす打撃音。
「ハハッ! 楽しい反射神経だな」
気づけば頭で考えるより早く、本能のまま左腕を差し出していた。
左手に装備された盾がなければ、今ごろ聖剣の刃は俺の頭をお豆腐のように、軽々と真っ二つにしていたかも知れない。
「愉快な反射があってたまるか。勇者が姑息に不意打ちなどしやがっ……てっ!」
俺は言い捨てると共に、盾と競り合う聖剣を力尽くで払い除けた。
いくら勇者の一撃とは言え、こちらには備え付けられた魔王の剛腕がある。技では敵わずとも、力比べなら引けを取らないはずだ。
「不意打ちとは聞こえが悪りぃな。油断してたのはテメェの方だろ。
そんなに手下の事が気になんのか?」
押し戻された聖剣をそのまま肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべるンーディオ。
「当たり前だ。アイツらの戦闘力は底知れないが、こちらは既に完全攻略まで追い込まれた身。お前のパーティメンバーを侮れるわけがないだろ」
「ハハッ! オレが設立したハーレムだからな。粒揃いで当然、警戒するのも当然だな!
だがな魔王……テメェ少し間違ってんぞ。本当に警戒すべきは……」
ンーディオは空いた片手の親指を立て、ゆっくりと自身の顔へ向けた。
「――本当に警戒すべきは、圧倒的戦力を誇るこのオレひとりの存在だけだっ……!
メンバーのアイツらは言わば飾り、勇者であるオレの備え付けだ」
「………………先ほど、仲間を信じていると発言したお前は、どこへ行った……?」
勇者が堂々と、ワンマンを語るなよ……!
「信じてるさ。だからこうして、テメェとタイマン張れてんだ。
オレがアイツらに求めてんのは、小粒同士の小競り合いを制する事じゃねぇ。オレがテメェを討ち取るためのアシストと、オレの足を引っ張らねぇ事だけだ」
「独裁者かよ! 勇者なら仲間と一致団結するとか、真っ当な討伐に励めよ。
勇者のくせして、美味しいとこだけ欲張るな」
「おいおい、何様だテメェ! 魔王が勇者に説教か? 普通は逆じゃねぇのかよ、おい!
テメェこそ魔王のくせして、綺麗事ばっか吐かすんじゃねぇよ!」
アゴを上げ、下目遣いで睨みをきかせてくるンーディオ。
お前の言う通り、普通は逆だよ……!
綺麗事は勇者が吐かすもんだろ。
魔王が勇者に説教なんて、シュールすぎるわ……!
「いつだって正しいのはオレだ。それを今から証明する。
さっきはまぐれで防がれたが、所詮はクリエイトオブジェクトの盾。そう何度も防げる耐久力なんてねぇぞ。
そんな鉄クズ板、かち割ってやるよ!」
ンーディオは途端に聖剣を構え、間髪入れずに俺へと切り込んできた。
「このっ、チンピラが……!」
俺も遅れを取らぬよう、俊敏に盾を構える。
――ガンッ、ガンッ、ガンッ……!
盾と聖剣がぶつかり合う度に、荒々しく火花が散る。
ンーディオは剣技を使わず、様々な方向や角度から乱打を繰り出してくる。
一撃たりとも食らう事を許されない俺は、繰り出される聖剣の刃を必死に盾でガードし続けた。
闇雲に繰り出される攻撃に対し、ギリギリで食らいついていく俺。
どんな一撃でも致命傷となる今の俺にとって、この乱打はかなり分が悪い。
「ハハッ! おらおら、どうした魔王! 防戦一方じゃねぇか!」
楽しげに聖剣を振り回すンーディオ。
気づけば俺の左腕に装備した盾は、少しずつ変形しボロボロになっていた。
ンーディオの言う通り、この盾に防ぎ続けられる耐久力はないようだ。
このままでは、直にやられる……!
もはやこの盾は、原形を留めていない。そろそろ限界だろう。
盾が破壊される前に、何か逆転の手を打たねば。
「これしかない……!」
「あぁ? 今なんか言ったか?」
簡単ではあるが、俺は即座に作戦を練り上げた。
――チャンスは、1回。放つは、一撃。
子供騙しのような即興だが、勝利にしがみついてやる!
「ハハッ! そろそろ盾もクタバるころだな!」
ンーディオの振り下ろした聖剣を、ボロボロの盾でガードした。
次の瞬間……!
「見せてやるよンーディオ! 魔王の底力を!」
俺は食い止めた聖剣を、盾で力強く押し返した。