8話 個々死闘2
視界の外から聞こえてきた、微かなシノの詠唱。
「ロース様、来ます! 応戦致しますか!?」
デュヴェルコードの喚起に反応し、俺はシノの方を見る。
ンーディオの隣で、シノは青白い魔法陣の描かれた床に立ち、こちらに向け弓矢を射ろうと構えていた。
氷系の『マジックアロー』だろうか?
涼気漂う寒色の突風が魔法陣から吹き上がり、シノのローブを靡かせている。
「この距離では分が悪い、今はあの一撃を凌ぐぞ!
私の記憶が正しければ、あの残念な女は一撃目を外すはずだ。二撃目のインターバル中に仕掛けるぞ!」
俺は即座に思考を巡らせ、デュヴェルコードに指示を出す。
恐らくシノの狙いはデュヴェルコードだろう。狙いが俺に向いていない隙を突き、不意打ちを仕掛けるつもりだ。
「かしこまりました! しかし残念な女の隣にいる、厄介なチンピラ勇者はどうすれば……?」
「一瞬でいい、お前にンーディオの足止めを頼みたい!
リロードの合間を狙い、私は一気にシノとの距離を詰めて一撃を入れる。それまで邪魔をされないよう、ンーディオを食い止めろ!
魔法の壁でも状態異常でも、どんな手を使っても構わん!」
「せっ、責任重大な上に無茶な即興指示ですが、なんとか致します!」
手段を練っているのか、苦い顔で両手を前方へ構えたデュヴェルコード。
そして、俺たちが作戦を打ち合わせた途端。
「――必中に、貫く……!」
闘志溢れる顔つきで、呆れるほど薄っぺらいハッタリをかましながら、シノは矢を放った。
氷を纏った鋭く光る矢が、俺の隣に立つデュヴェルコードを目掛け、真っ直ぐな軌道を描き飛んでくる。
「えっ!? ちょっ、何気にこの弾道は当たりそうです! 『クリスタルドーム』!」
危険を察知したのか、慌てて魔法を唱えたデュヴェルコード。
人ひとり入れる大きさの半透明な結晶石が、半球を描きデュヴェルコードを囲った。
――キィィィンッ……!
まるで氷を放り込まれたグラスのように、クリアな音を立てた結晶石。
寸前まで迫った氷の矢を、間一髪のところで『クリスタルドーム』が遮った。
命中すると思われたシノの矢は、ドーム状のシールドに行く手を阻まれ、デュヴェルコードに届く事なく軌道を逸らした。
しかし……!
「ロース様、今です! 次の矢がくる前に、あの残念な女にご自慢のパンチを1発!
サポートはなんとかします!」
「………………すまん、無理だ……!」
「えっ! 作戦放棄ですか!?」
「放棄ではない、中止だ……!」
俺は諭すように、自分の右足を指差す。
『クリスタルドーム』に接触した氷の矢は、半球状の表面に沿って軌道を変え……。
「ヒィッ……! つ、冷たいですか!?」
――氷の矢は、俺の太ももに命中していた。
「ハァッ、ハァッ……! 刺さった矢を見て『冷たいですか』って、どんな心配の仕方だ。確かに氷の矢だけど、そこは痛いかを聞いてくれ……!」
俺は息を荒げながら、デュヴェルコードに指摘を入れる。
どうやら矢の命中と共にスキル『プレンティ・オブ・ガッツ』が発動し、体力が残りわずかになってしまったようだ。
「チッ、外したか……!」
「ハハッ! おいシノ、オメェはビギナーズラックに嫌われてんのか?
毎度毎度、初っ端スカってんじゃねぇよ。何が必中だ、下手くそ」
「すすっ、すいません! 次は命中させますので」
弓を肩へかけ直し、恥じらう様子でンーディオに頭を下げるシノ。
「おい勇者サイド! どこが外しただ、どう見ても私に命中しているだろ!」
「あぁ? 狙いは隣のちっこい側近だぞ。
ったく、しょうもねぇラッキーパンチだ……」
「しょうもあるわ! 最終目的である、魔王の私に当たったのだぞ!?
この上ない結果オーライじゃないか!」
俺はンーディオの発言を遮り、太ももに刺さった矢を片手で引き抜いた。
的外れどころか、俺を的として扱っていなかった事になぜか腹が立つ……!
「ロース様、落ち着いてください! 今は治癒が優先です。『ヒール』、『ヒール』」
素早く俺に手を翳し、連続で回復魔法を唱え始めたデュヴェルコード。
残りわずかな俺の体力はみるみる回復し、傷口が塞がっていく。
「まぐれとは言え、まさか一撃目を外すノーコンアーチャーの流れ弾を、その身に受けられるとは……。不運を司る邪神にでも、取り憑かれました?」
治癒を終え、他人事のように質問をしてくるデュヴェルコード。
半分はお前のせいだろ……!
俺の方に矢が逸れたのは、偶然だからいいとして……。
だが自分だけシールドの中に隠れるなよ。せめて俺も入れろよ……!
「言っておくがデュヴェルコードよ、魔王が邪神に取り憑かれてたまるか。
シャレにならないだろ……!」
俺はその場で軽く屈伸をして、右足の完治を確認した。
トチ狂った洞察力の側近だが、魔法だけは頼りになる。
「ケッ! ソッコーで治癒しやがって……。
おいシノ、オメェは他所でやれ。やっぱあの側近は面倒だ。魔王の側から引き剥がせ」
「承知しました。あのロリエルフに、大人の遊び方を叩き込んでやります」
残念な表現の後、シノは白いローブを脱ぎ捨て、軽装備に包まれたボディを露わにした。
容姿が良いだけあって、少しセクシーだな。中身は残念だが……!
「聞けロリエルフ、次の矢は防ぎ切れないわよ。とっておきの凄テクを披露してあげる」
意味深なフレーズを含む発言と共に、シノはゆっくりと弓矢を構えた。




