7話 裏切御免6
玉座の間に響き渡った、ンーディオの褒詞。
「よく聞けよ裏切り者! テメェはオレたちを騙し裏切った。だが挙句に、テメェが尽くしてきた魔王には、端から居なかった者扱いされてやがる!
ハハッ! 裏切り者に相応しい、当然の報いってやつだ!」
「このイマシエルに、報いだと……」
「けどなぁ! そんな今のテメェが明かした素顔、オレはそっちの方が好きだぞ!
テメェの望み次第で、その素顔をコケにした魔王軍をオレがシバいてやるよ!」
チンピラ勇者らしからぬ口説き文句が響いた途端、イマシエルの肩がピクリと動いた。
そしてイマシエルはンーディオの元へ、そそくさと足早に歩み寄り。
「勇者ンーディオ、いいえンーディオ様。
このイマシエル、御身に絶対なる忠誠を誓います。どうかこの素顔を愚弄する憎き魔族共に、正義の鉄槌を……!」
玉座の椅子に座るンーディオの足元で、イマシエルは片膝をつき深く頭を下げた。
これは本当に、敵である勇者サイドの光景だろうか……?
魔王城の玉座で、勇者が何やってんだ。堂々と魔族を口説くな……!
「あのぉ……ロース様。知らない魔族が謎に戻ってきて、謎のまま敵に寝返りましたよ?」
「あ、あぁ……私も混乱している。あんな競歩にも勝る早歩きで裏切っていくヤツ、初めて見たぞ……」
新たな主人に頭を下げるイマシエルを見つめ、俺たちはボソボソと囁き合った。
「ハハッ! 改めて歓迎してやるよ、イマシエル。見る目のねぇ魔王より、オレの方がいいだろ?」
「はい! このイマシエル、ンーディオ様のためなら全てを捧げても構いません!」
「そうかそうか、気に入ったぜ! 裏切り者が裏切って戻ってきやがったな!
おいイマシエル、脳筋魔王を裏切った気分はどうだ?」
「もう、最っ高です! もはやンーディオ様しか見えない! ンーディオ様優勝!」
俺の中で潜入官とは、情に流される事なく敵に紛れ任務を全うする、囮のエキスパートだと思っていた。
だが目の前にいる自称潜入官ときたら、俺の思い描いていた像を、見事にぶち壊してくれた。
――俺は囮のエキスパートである潜入官が、敵の色に染まり込んだ瞬間を、目の当たりにした……!
勇者と言い、勇者の右腕と言い……コイツらは悉く俺の持つイメージを、台無しにしてくれる。
「類は友を呼ぶのか……ろくでもない同類だが……」
ンーディオたちのやりとりを眺めていた矢先に、デュヴェルコードが俺の腕を軽く引っ張ってきた。
「ロース様。愚問かもしれませんが、一応お聞きします。
なぜあんな他色に染まりやすい輩を、潜入官なんて大役に就かせたのです?」
「えっ……わ、私にも何がなんだか」
「しかも、ロース様の独断ですよね?」
「すまん……記憶にない……」
デュヴェルコードは俺の腕から力なく手を離し、呆れたような視線を向けてきた。
「良かったですね、都合のいい記憶力で」
「……………………凄まじい嫌みだな」
発言した本人は無自覚だろうが、なんて皮肉なひと言だ!
今のは冷酷な姉以上の皮肉だったぞ、デュヴェルコード……!
だが俺も、言えるものなら言ってやりたい。こんな簡単に心変わりするヤツを、潜入官に選ぶなよ……前魔王!
「おいイマシエル、早速オーダーだ。カバンからオレの聖剣を出せ」
「かしこまりました。今日の一振りは…………こちらですね」
イマシエルは背負っていたカバンを下ろし、中から一振りの剣を取り出す。
「ハハッ! よく分かってんじゃねぇか。さすが、荷物持ちの本職だ」
「当然の熟知! 寝返る前からの付き合いですからね」
取り出した剣を、得意げにンーディオへ手渡したイマシエル。
お前の本業は潜入だろ……!
ンーディオは椅子から立ち上がり、鞘から剣身を抜き出した。
だが露わになった剣身を見るなり、俺は疑問を抱く。
「おいンーディオ、その真っ赤な剣身はなんだ……!?
色も形も、聖剣スキャンダルとはまるで別物ではないか」
それは以前に見た聖剣スキャンダルとは、似ても似つかない剣だった。
「この得物が気になんのか? あぁ?」
俺の質問に、なぜかケンカ腰な態度を見せるンーディオ。
やはり勇者とは名ばかりで、コイツは紛れもなくチンピラだ。
「あ、あの剣身……あの真っ赤な色彩……まさかあれは……!」
「デュヴェルコードよ、お前はあの剣に見覚えがあるのか?」
デュヴェルコードに視線を向けると、横顔に一筋の汗が流れていた。
「あれは聖剣、エクス……ごくりっ……」
聖剣の名を言いかけた途端、声に出して固唾を飲んだデュヴェルコード。
「エクス……なんだ? あと固唾は静かに飲んでくれ……!」
――エクスって……!
まさかこの世界に、あの有名な聖剣が実在するのか……!?
 




