7話 裏切御免5
突然、俺の前で片膝を地につけたイマシエル。
「ロース様、今こそ任務完遂の時です!」
怪しげな笑みから一変し、自信に満ち溢れた達成感のある表情を浮かばせ、俺をジッと見つめてくる。
「あぁ……は?」
そんなイマシエルの謎めいた報告により、俺は脳内を困惑に染められた。
「このイマシエル。ロース様のご計画通り、勇者パーティへの溶け込みに成功。
そして今、魔王軍への帰還を果たすと共に、勇者パーティの均衡を崩して見せました。これにて、任務は完遂となります。
それも、こんなに沢山の敵物資を手土産に持ち帰るおまけ付きで。ご覧ください、この豊富なラインナップ!」
意気揚々と、カバンの中を見せてくるイマシエル。
「………………えっと、お前誰だ?」
「何をおっしゃいます! イマシエルですよ、潜入官のイマシエルです。
先日ロース様の復活をこの目で確認し、任務のフィナーレを飾るとすれば、今日がベストだと悟りました。
先日からの記憶喪失は、敵を欺くための設定でしたのでしょ? 潜入官顔負けの演技力でありました!」
「そんな設定も演技も知らん。だからお前の事など冗談抜きで知らないが……。デュヴェルコードよ、お前なら分かるか?」
俺は表情を変えず見つめてくるイマシエルから視線を切り、デュヴェルコードに助言を求めた。
演技も何も、転生してきた俺に面識があるわけがないが……。
「さぁ……そもそも魔王軍に人族なんておりませんし、人族と共闘するほど落ちぶれてもいませんから」
「だよな。側近であるお前が知らないのなら、誰も知らないだろう」
「そ、そんなっ! 極秘任務だったため、その娘っ子が知らないのは仕方ありませんが。ロース様がお忘れになられるなんて、信じられ……そうだっ!
このイマシエルの素顔さえご覧になれば、きっと……!」
イマシエルは語尾を弱めながら、自らの顔を両手で覆った。
そして透かさず、隠した顔を露わにし。
「これならいかがです!? 魔王軍唯一の潜入官、ドッペルゲンガーのイマシエルです!
素顔の方が素敵だと、ロース様はこのイマシエルにおっしゃいました。さすがにロース様も思い出して……」
「こ、怖っ!」
俺はイマシエルの説明を遮り、思わず声を荒げる。
「………………こ、怖い……?」
「怖いわ! 手を退けた途端に顔が変わって……いや、消えてみろ! 普通にホラーだから! なんだよその、逆いないいないバーは!
余計に誰か分からんわ!」
明かされたその素顔にはパーツがなく、まるで妖怪のっぺらぼうだった。
ドッペルゲンガーという魔族は、その何もない顔を彩る事で、変装できる能力を持っているのだろうか……?
「わたくしも驚きました。まさかこんなに特徴がない顔をした魔族がいたとは……。
特徴がないと言うより、むしろ何もないので逆に特徴的ですが」
「ドッペルゲンガー……フフッ。まるで顔面プレーンですわね」
「おいレアコード。誰もコイツを知らなかった上に、プレーンって表現はやめてやれ……!
余計に何もなく思えてくる」
無情なあだ名をつけるレアコードに、俺は首だけを振り向かせ冷ややかな視線を送った。
その時……。
「――信じてたのに、ロース様、信じてたのに……!」
イマシエルは顔を俯かせ、その場にスッと立ち上がった。
「憎き人族の中にたったひとりで潜り込み、ロース様を信じてこの日を待ち侘びたと言うのに……!」
「お、おい落ち着け。本当に以前の私が任務を与えた魔族であるなら、少し話を……」
「以前はこの素顔を素敵と言っていたのに、急に手のひら返して怖いって……!」
俺の言葉に耳を傾ける事なく、ボソボソと嘆くイマシエル。
「ねぇ、顔面プレーン。それどうやって喋っているのかしら? 口もないのに」
「よ、よせレアコード……! 無駄に煽るな。怒ったらどうするんだ」
「ロース様。いやっ、ロース……! この表情を目にしながら、とっくに怒り通り越している事が分からない……?」
イマシエルはカバンを背負い直し、俺たちに背を向け杖を握り締めた。
表情も何も、顔に何もなさすぎて無表情ですらないのだが……!
俺たちの間に、重苦しい雰囲気が生まれた。
次の瞬間。
「――ハハッ! おい、そこの裏切り者!
それがテメェの素顔か? オレは今の顔の方が好きだぞ!」
ンーディオの放った褒詞が、玉座の間いっぱいに響き渡った。




