6話 十字独善11
――俺はまた、死を迎えるのだろうか……?
それも訓練中に、同胞の手によって。
俺の腹を貫いた、コジルドの槍……。
重く、冷たいひと突き。
またあの真っ赤な空間で、エリシアさんに理不尽な施しを受けるのか……?
「ロッロッロッ、ロース様ぁーーっ!!
我は、我はなんという事を……! ついカッとなって、一撃必死の狂技を撃ち込むとは。助からないでしょうが、逝かないでください!」
コジルドは平常を取り戻したのか、訓練前の口調に戻っている。
もう少し早く平常に戻って欲しかったが。
だがコジルドの呼びかけにより、俺の生気がわずかに戻り……。
腹に刺さった槍を、片手で力強く握り締めた。
――邪女神のもとへ行くのだけは、御免だ……!
「ぬぁらあぁーーっ!!」
俺は残り少ない力を振り絞り、腹から槍を強引に引き抜いた。
「えええぇぇぇーーーっ!
ロース様が、生きておられる! 我の『死のフラット』を受けたはずですのに! なんで生き抜いておられるのですか!」
俺の前で、ギョッと目を見開くコジルド。
先ほどまで逝かないでと叫んでいたくせに、なんて言い方してんだ。他人を勝手に殺すな……!
「ハァ、ハァッ……! コジルド、お前の相手は後だ。
デュヴェルコードよ……先に回復魔法を頼む。体力が残りわずかしかない」
「は、はいっ! ただちに『ヒール』をおかけします!」
デュヴェルコードは慌てて俺に駆け寄り。
「『ヒール』、『ヒール』、えっと……あっ、『ヒール』、『ヒール』!」
連続で回復魔法を唱えてくれた。
なぜ途中で迷いを生じるんだ、こっちは目の前で死にかけているのに……!
連続詠唱中に、目的を見失わないでくれ……!
「あ、危ないところでしたな……」
「まったくだ! 訓練中に生死を彷徨わせるなよ、バカタレが!
あと技名が音程みたいで気になるんだよ!」
気まずそうに回復の様子を見守るコジルドに向け、俺は怒声を放った。
「もももっ、申し訳ございません! ほんの出来心で!」
「どこが『ほんの出来心』だ。一撃必死の技なんて、そこそこ殺す気がないと使えないはずだ。
一命を取り留めたからいいものの、限度があるだろ」
「おっしゃる……通りですな……」
「しかしながら、私にも多少の非はある。
腹への一撃はすまなかった。まさか、あれだけ吹っ飛ぶとは」
「いえ、お気になさらずロース様。直前で腹に力を込め、防御態勢をとりましたので。
確かに腹への一撃は、死ぬほど激痛でしたが……。訓練中ゆえ、攻撃を食らう事は割り切っておりましたぞ。
ただ、我が我を失った原因は、マントを破られたせいでしてな……」
モジモジと、体を左右に振り始めたコジルド。
「………………どこにキレてんだ……!
て言うかマントを破ったのは、私ではないだろ」
なんて迷惑な逆恨みだ……!
「お気に入り……でしたので。
それよりもロース様、『死のフラット』をその身に受けておられながら、何ゆえ絶命されなかった……? 奇跡でも呼び寄せられましたかな?」
「わたくしも気になります。運の良さですか?」
「あたくしも気になるわ。あのコジルドった技名のひと突きを、真っ向から食らわれたはずですのに。
常識を覆すほどの、しぶとい執念深さからか…………いや、やっぱり運かしら」
いつの間にか、レアコードも俺の側に近寄ってきていた。
「奇跡だの運だのと……。お前ら揃いも揃って、実力で助かった可能性を除外するなよ……!
スキル『プレンティ・オブ・ガッツ』が発動したんだ。それで助かった」
スキル名を明かした俺に、3人の視線が集中する。
――槍を食らう直前……。
俺はポケットに忍ばせておいた、『オブテイン・キー』を操作した。
取得寸前の画面で放置していたカードをタップし、咄嗟にスキルを取得したのだ。
そのスキル名は、『プレンティ・オブ・ガッツ』。
スキルの説明文には、こう書かれていた。
『一撃必殺であろうと、どんな攻撃を受けても体力は残り1となり、即死を免れる事が可能となる。例えどんな必死の一撃を受けても……!
致死率100パーセントの攻撃を、耐え凌ぐスキル』
つまり即死レベルの強力な攻撃を受けても、1度は辛うじて踏ん張る事ができるスキルだ。
説明には『残り1』と書かれていたが、この世界に数値化された体力ゲージが存在するのかは、未だ分からない。
だが体力がわずかに残る事だけは確かなようだ。現に今、身をもって効果を体験できたし。
これを見つけた時、俺にとって必須になるスキルだと直感した。
だがスキル発動後に、効果が持続するスキルであるか不明だったため、即決の取得を拒んでいたが……。
勇者ンーディオを相手に、いざと言う時の切り札として温めておいた秘策だったが。
まさかこんなタイミングで、取得してしまう羽目になるとは……!
「水臭いですわね、ロース様。いつの間にスキルなんて。
しかも『プレンティ・オブ・ガッツ』……。難癖あるマニアックな選択です事」
「そうですよロース様! 側近の務め以上に、お側を離れられない理由ができました!
体力が残りわずかになる度、回復はお任せください!」
「あ、あぁ。そう何度も瀬戸際を迎えるつもりはないが……その時は頼む」
俺は少し顔を引き攣らせ、デュヴェルコードにぎこちなく笑いかけた。
「フハハッ! これは一杯食わされましたな!
ロース様、なんたるサプライズ。素晴らしいスキル捌きですな。まるで我の『オートエイム』のように!
何はともあれ、訓練はハッピーエンド。有終の美に、美酒でも一杯いかがですかな?」
笑い声を上げ、痛々しく手で前髪を掻き上げるコジルド。
だが……。
「ちょっと待ちなさいよ、コジったひとりボッチ。何を勝手に締め括っているのかしら。
ロース様に棒っきれを突き立てといて、このまま無罪で事なきを得るつもりなの?」
レアコードはコジルドの背後に歩みを寄せ、掻き上げた前髪をグッと掴んだ。
「な、何をするレアコード! 貴様は先ほどから、いちいち我のパフォーマンスを邪魔ばかりしおって……って、痛い痛い!」
「痛いのはあんたの存在でしょ。でもパフォーマンスと言えば……いい事を思い出したわ。
あんたさっきは、盛大にコジった演出をしていたわね。あたくしが気づかないとでも思った?」
「な、なんの事だ……? 我は我を失っていたゆえに……」
「その設定はもういいわよ、歯痒いわね。
なんなら今ここで、痛々しい真実をロース様に暴露して、恥辱と言うなの槍をあんたに突き立ててあげる。
罪滅ぼしに、ピッタリじゃないかしら……!」
レアコードはコジルドの耳元で、不敵な笑みを浮かべた。
俺の知る限り、魔王へ深く忠義を尽くすレアコードではない。
まさかまた俺の立場と都合を利用して、コジルドを冷やかす気なんじゃ……!