6話 十字独善10
仰け反ったコジルドの腹に入った、俺のラッキーパンチ。
痛快に決まった一撃に、別方向へ向いていたコジルドの両目が、瞬く間に中心へと集まった。
左アッパーを食らったコジルドは、そのまま後方へと目を見張る速度で吹っ飛んだ。
――ドゴンッ……!
薄暗い空間の中、コジルドが飛んでいった先で衝撃音が響く。
壁に体を打ち付けたのだろうか……。
軽い土煙りが舞う壁沿いに、コジルドの座り込む姿がうっすらと見える。
「ナイスですわロース様。どうせ当たらないと思いながら、内心は一撃入れてほしいとウズウズしていましたので。フフッ、愉快ですわね」
「あ、あぁ……。称賛を感謝する……」
鼻下に指を当て、少し嬉しそうな表情を向けてくるレアコード。
この訓練を頼んだ身でありながら、コジルドには申し訳ないが……俺も少し気が晴れた。
まぐれ当たりではあるが、イラ立ちが治まった。
「しかし……右フックは外したものの、なぜ左アッパーは当てられたんだ……?」
疑問をひとり呟きながら、俺はコジルドの位置していた足場に視線を移した。
すると、そこには……。
「なんだこれ……布切れ? 棺の端にヒラヒラと」
床に配置された1基の棺に、破れた布切れが引っかかっていた。
「これって、コジルドのマントか?
まさか俺の連打に気を取られ、足元の棺にマントを引っかけたのだろうか。
それなら急に仰け反った事にも、納得がいくな」
布切れを見ながら、ひとり推察していた。
その時……。
「――…………モーク……!」
コジルドの飛んでいった先から、微かに呟く声が聞こえた。
俺はすぐさま、コジルドの方へと視線を向ける。
「お、おいコジルドよ! ケガはない……か……?」
視線を向けた先に見えたのは、いつまでも舞い続ける土煙りの中で、ゆっくりと立ち上がるコジルドのシルエット。
距離を置いたこの位置からでも認知できるほど、鋭く両目を光らせている。
「――やってくれたな……。戯れは、終わりだ……!」
立ち上がるなり、重苦しいトーンでぼやくコジルド。
マントを片手で脱ぎ捨てると同時に、周囲の土煙りを派手に振り払った。
なんだろう、この感じ……。
先ほどまでと違う雰囲気と言うか、人格が変わっていないか……?
「コ、コジルド……? お前、大丈夫か?」
「舐めるな…………『テレポート』」
俺の心配をよそに、コジルドは一瞬にしてその場から姿を消した。
そして即座に、コジルドは同じ位置に瞬間移動で戻ってきた。
変わらぬ様子で戻ってきたコジルドだが、片手に握られていたのは……。
「槍……?」
「我が愛槍に、軽口を叩くな……! 貴様は少し……やり過ぎた……!」
「ロース様、お気をつけください! 恐らくコジルドさん、ちょいギレしています!」
右手を口角に当て、俺に向け左手を振ってくるデュヴェルコード。
言われなくても、見れば分かるわ……!
まさかコジルドって、癇癪持ちなのか……?
戦場で怒気を見せたら負けなどと、俺に忠告してきたくせに。思いっきり怒りに精神を支配されているじゃないか……!
「償え……。償え償え償え償え……!」
コジルドは呪文のように呟き、鋭い下目遣いで俺へと歩みを寄せ始めた。
「我を失った今の我は……誰にも止められんぞ……!」
「いや……! その発言ができている時点で、軽く自我保ててるだろ。
我を失ったヤツが、わざわざ我を失ったなんて報告しないぞ普通……!」
「………………騒ぐな……! 狂技、『死のフラット』」
何やら音楽に使われる音程のような技名を唱えたコジルド。
その途端、手に持つ槍が禍々しいオーラを纏い始めた。
「コジルドさん! 何をやっているのですか!?
ロース様っ、その技は危険です! 必ず回避してください!」
デュヴェルコードが声を張り上げ、注意を促してきた。
次の瞬間……!
コジルドは俺に向け、槍を構え突進してきた。
「お、おいっ待てって!」
「いけません! 『クリスタルウォール』!」
デュヴェルコードは途端に魔法を唱え、俺とコジルドの間に結晶石の壁を出現させる。
だが……!
「無駄だ……遅いっ……!」
結晶石の壁が仕上がるより早く、コジルドは未完成な壁の隙間を、豪速で突破してきた。
そして勢いのまま、俺の腹を目掛け槍先を突き出した。
俺は迫り来るコジルドの勢いに押され。
「くっ……! 避けられない……!」
後退りしながら、不可避を悟った。
その瞬間、俺は咄嗟にポケットへ手を突っ込む。
「ダメだ、間に合わ……ガハッ……!」
脳を狂わせるほどの痛みが、腹から伝わる。
それは例えようのない、重く冷たい痛み。
「ロース様…………そんな、パカな……!」
微かに聞こえてきた、デュヴェルコードのか弱い声。
俺は立ち尽くし、震える視界で腹を見下ろす。
――コジルドの槍は、俺の腹を貫いていた……!