6話 十字独善8
「ロース様。お手合わせの前に、支援魔法をかけてもよろしいですかな?
さすがに防備対策をしておかねば、生身ではクタバってしまう恐れが」
痛々しいポーズを維持したまま、防御力の強化を提案してきたコジルド。
やはりこの体に備わった剛腕は、誰にでも一目置かれる脅威のようだ。
「よかろう、許可する。訓練で命を落としては、シャレにならんからな」
「かたじけぬ。では……デュヴェルコード!
支援魔法を所望する。ありったけのを頼むぞ、小さき者よ!」
コジルドはデュヴェルコードに向け、ビシッと小指を差す。
そして透かさず小指を折り畳み、人差し指を向けた。
「えっ? わたくしが?」
「そんな事する必要ないわ、デュヴェル。…………ねぇコジルド。他人に頼ってないで、自分でやりなさいよ。
この、ひとりボッチ。魔力にまで嫌われるわよ」
デュヴェルコードを庇いつつ、コジルドに冷たい視線を放つレアコード。
相変わらず、コジルドに厳しく冷たい罵倒だな……。
「フ、フハハッ……! よかろう、我自ら魔法を振る舞おう」
気まずげに笑みを浮かべながら、コジルドは片手を天井へと翳した。
デュヴェルコードに頼らざるを得ない魔法かと思ったが、自分でも唱えられるのかよ。
構ってほしかったのだろうか……?
少しの間をおき、コジルドは上げた片手をゆっくりと……俺に向け変え……!
「ロース様、動かれぬように。『マジック・リーンフォースメント』……!」
「はっ!?」
俺に、支援魔法をかけた。
頭上に出現した魔法陣から、俺の頭や肩に粉雪のような光が優しく舞い降りてくる。
それはまるで、施しを与える希望の光のように、キラキラと……。
クタバってはいけないって、俺の心配かよ! この、厨二野郎……!
「ロース様に、魔法耐性を付与させましたぞ。基本的にはロース様のお得意な近距離戦を致しますが、よりリアルを追求すべく、たまに魔法も使わせていただきます」
「あ、ありがとう……。いらん気を使わせたな」
本当に、いらん気を……!
「ロース様の下ごしらえも整いましたし……。さぁ、存分に戯れましょうぞ!
どこからでも、かかって来られよ! ロース様のターンですぞ!」
マントと両手を大きく広げたコジルド。
そんな一切も拒もうとしないコジルドの姿を前に……。
モヤモヤと湧き上がってくる少しのイラ立ちから、俺の拳にグッと力が入る。
「お肉の下味をつけるみたいに言いやがって……!
遠慮なく……。いかせてもらうぞっ!」
俺は棒立ちの体勢から力強く地面を蹴り、コジルドを目掛け勢いよく飛び出した。
棺の並んだ細い通路を直進し、軽快にコジルドとの距離を詰めていく。
そして、右腕を振りかぶり。
「歯食いしばれよ、コジルド!」
「フハハッ! モーションが大きいですぞ!」
コジルドは高らかに笑い声を上げ、バックステップで俺から距離をとる。
俺は狙いを定めたまま、後方へと退避するコジルドの跡を追い、一気に距離を詰めた。
双方の間合いに入った、次の瞬間。
「いけるっ……!」
俺は助走の勢いそのまま、コジルドの顔面を目掛け拳を真っ直ぐに突き出した。
――フッ……!
しかし俺の拳は的を捉える事なく……。
コジルドの横顔を掠め、空を切った。
「避け、られた……」
スピードと重量を乗せた俺の一撃は、コジルドに軽々と躱された。
この至近距離で殴打を外したショックから、俺は腕を突き出したまま思わず立ち止まる。
「いとも、容易かったですぞ」
コジルドは不要なひと言を呟き、伸び切った俺の腕に優しく片手を添えてきた。
「お前っ、煽ってんのか……!?」
「ロース様、戦場で怒気を出しては負けですぞ。ドウドウ……」
添えた片手で、俺の腕を撫で始めたコジルド。
どうしよう、グーで殴りたい……!
実際にグーで殴りかかって、躱されたばかりだが……!
コイツは無自覚にアドバイスをしているつもりだろうが、拗らせたヤツに言われると煽りにしか捉えられない。
「怒りや焦りに精神を支配されては、隙を生む原因になりますぞ。
感情に任せモーションを乱せば、容易く躱されカウンターを食らうでしょうな」
俺はイラ立ちを剥き出さないよう顔を引き攣らせながら、静かに右腕を戻す。
同時に、コジルドは再びバックステップで、俺から距離をとった。
「忠告感謝するぞ、コジルド……!
お前のお陰で、一撃食らわせたい理由が増えた気がする……!」
「………………なんだかロース様の悪き力より、怒りを引き出してしまった気が。
とても感謝を告げる表情には見えませぬ。我は……変な事でも申したかな……?」
言っていない。言ってはいないが……。
レアコードの言葉を借りて、表現すると。
――コジってて、腹立つ……!
俺は仕切り直すように、頭を傾けポキポキと首を鳴らした。
「次こそ、歯食いしばれ。第2ラウンドだ」