6話 十字独善6
――男爵的正装に、足首まで伸びるド派手なマントを羽織ったヴァンパイア、コジルド。
そんな彼の言動に、俺は先ほど見た夢を思い出し……。
「お前……蓮池ヒロシか……?」
コジルドの肩に腕を回したまま、顔を近づけヒソヒソと聞いてみた。
「なっ……!? シーッ……! お口を閉ざされよ……!」
ピクリと反応を見せた後、横並びのまま俺と目を合わせてきたコジルド。
自身の唇に人差し指を当て、口を噤むよう示してくる。
コジルドの反応からして、まさか本当に……?
頭の中で、コジルドの正体に疑念を抱いていた矢先に。
「ひとつ、よろしいかな……?」
コジルドが俺の肩に、腕を回し返してきた。
なんだよ、この馴れ馴れしい友達感覚は。
俺……一応魔王なんだが……!
だがこんな親近感を寄せてくるところも含め、ますます疑心が強まる。
「我は強い、かなり強い。ロース様には及ばずとも、猛者の自覚は当然ありますぞ。
しかし、我はヴァンパイア……。もちろん弱点も持ち合わせております。忌々しい日の光や、シルバーソードなど……」
「何が言いたいのだ?」
「そのですな……口は災いの元と申しますか……。
ロース様とトークしていると、なんだか力が弱まると言うか。至近距離のお口から、我の苦手な臭いが……。
あの、ニンニクとか食されました?」
俺は咄嗟に、口を固く閉じた。
ヴァンパイアにとって、ニンニクは弱点。
コジルド的には、弱点回避を訴えているつもりだろうが……。
俺からしたら、単純に口が臭いと言われた気がした……!
何が、口は災いの元だ。微妙に使い方、間違ってんだよ……!
俺は気まずさから、コジルドの肩に回した腕をソッと戻す。
「ちなみに、蓮池ヒロシとは聞かぬ名ですな」
今の俺に、コジルドの返答を惜しむ余裕などなく……。
コクコクとだけ頷き、デュヴェルコードたちの元へと足早に逃げ帰った。
「ロース様、何をコソコソとお話しなさったのです? なんだかお顔が気まずそうですが」
「なんでもない。軽くノーモーションのジャブを食らっただけだ……」
デュヴェルコードは見当のつかない様子で、パチクリと大きく瞬きをした。
「それはそうと、レアコード!
貴様よくも、我の栄えある復活演出を、台無しにしてくれたな! 美貌に溢れた貴様とて、万死に値するぞ!」
コジルドは声を荒げ、レアコードに向けビシッと…………小指を差した。
差す指が違うだろ。人に指を差すなら、人差し指を向けろよ……!
「チンタラした動きにイラッとしたのよ。ついでに、その指差しもイラッとするから止めて。
コジルドって感じで、痛いわよ。言うまでもなく、あんたは既にコジっているけどね」
レアコードは両手を腰に当て、見下すような下目遣いでコジルドを睨む。
今の『コジって』とは、日本で言うところの『厨二病』的なニュアンスだろうか……?
そもそもコジルドという名前自体が、拗らせている気がする……!
「やはり貴様は可愛いだけだな。この知的で美的なセンスが理解できぬとは、いっそ可哀想に思えてくる」
「可哀想なのはあんたよ。
その独善的な自惚れナルシズムを、誰もがウザ煙たがっているのが分からないのかしら。あぁーあ、かわいそかわいそっ」
「そそっ、そんな事あるわけない! 貴様の妄想だ、虚構だ!
その美しい瞳が、曇っているだけだ!」
コジルドは差しっ放しの小指を素早く畳むと同時に、レアコードの瞳に向け人差し指を差した。
なぜ今、差す指をすり替えた? 少しうっとおしいな……。
それに先ほどから、さり気なく褒め言葉を織り込んで楯突いているが。
実は律儀なのだろうか……?
「なら聞くけど、あんたに友人はいるの? 部下は? 恋人は?」
「………………わ、我を信頼してくれる寛大な上司なら……!」
「それは……私の事か?」
俺は一瞬だけ、ドキッと胸が高鳴った。
「ロース様はノーカウントよ。記憶もない魔王なんだから。
そんな事だから、いつまで経っても番いも持てない独身なのよ」
レアコードの放った無慈悲な罵倒に、コジルドの眉がピクリと動いた。
「きっ、貴様ぁーーっ!! 無礼千万だ!
我を独身の言葉でくくるな! ひとりボッチなだけだ!」
いや、もっとダメだろ……!
「おい、お前たち。言い合いはそれくらいにしておけ。話が進まないだろ」
「何をおっしゃる、ロース様! これが言い合いですと!?
ほとんど我しか言葉責めにあっていませんぞ!」
「確かに……。言われてみれば、会話のドッチボールだったな」
それも、コジルドが受け専門のドッチボールだった。
「ねぇロース様。魔王のご意向で、コジルドを蘇生させましたわよね?
こんなコジったヴァンパイアを、どうお使いになるつもりかしら」
レアコードはコジルドから目線を切り、俺へと顔を向けてきた。
「先ほども伝えたが、主には戦力の強化だ。中身は……ドンマイだが、強者であるのなら頼らせてもらう」
「なっ! 中身はドンマイですとっ……!」
ショックを受けたように、その場で身を引いたコジルド。
「そして、もうひとつ……!
デュヴェルコードたちにもまだ伝えていない、私の思案していたサブプランに協力してもらう……!」
俺はゆっくりとコジルドに近づき、1歩手前で歩みを止めた。
少しの間をおき、真っ向からコジルドと目を合わせ。
「――コジルドよ。私と、戦え……!」