6話 十字独善5
「まさか、この棺の中に……!」
俺は物音を立てた棺の蓋を持ち、ゆっくりと両手で開けてみた。
「えっ……? なにコイツ……!」
俺の視界に入ったのは……。
棺の中で寝そべる、男の後ろ姿だった。
「こんな所にいたのですね。このヴァンパイアが、ここのエリアボスを務めていた、コジルドです」
デュヴェルコードは、棺の中でうつ伏せに寝そべるコジルドを指差した。
「それはいいが……。コイツ、なんでうつ伏せなんだよ……!
棺って、普通は仰向けだろ」
それにこんな体勢で、いったいどうやって蓋を閉めたのだ……!
「まったく……。視界に入れただけで、嫌悪を感じますわ。
棺にうつ伏せで寝そべるところや、棺から復活してくるところも含め、なぜか腹立つのよね。
このコジルドって感じが、もう嫌です」
棺の端を、片足でダムダムと踏み始めたレアコード。
俺は不思議に思った程度だったが、腹を立てるほどの事か……?
そこまで嫌われ者なのか……。
俺は腰を落としたまま、棺の中へと片手を伸ばした。
背中に羽織られたマントの上から、コジルドの体を揺さぶってみる。
「おい、コジルドとやら。起きろ」
俺が声をかけるなり、コジルドの肩がピクリと反応した。
「…………その懐かしいお声は……!」
うつ伏せのまま、籠もった声を発したコジルド。狭い棺の中で、ゆっくりゆっくりと……その場に立ち上がり始める。
それはまるで、ギックリ腰を抱えた患者のように、ゆっくりと……。
「チンタラしてないで、さっさと立ちなさいよ!」
あまりの遅さに痺れを切らしたのか、レアコードはコジルドのマントを掴み。
「うぐっ……!」
後ろから勢いよくマントを引っ張り、もたつくコジルドを強引に直立させた。
これが本当の、『魔女の一撃』だろうか……?
病み上がり相手でも、全く容赦ないな……!
「マントを引っ張るでない! この、可愛い顔した愚か者が!
危うく、首も心も持っていかれるところだったぞ!」
「コジルドさん。蘇って早々、騒がないでください。ロース様の御前ですよ」
「蘇って……だと?」
コジルドは不思議そうに、デュヴェルコードへ顔を向ける。
「はい、言葉通りです。
ひとり孤独にも、勇者パーティに討たれたコジルドさんの復活を、寛大なロース様がお望みになったのです。
それでわたくしが、蘇生させました」
状況を聞き入れたのか、コジルドは静かに俺と目を合わせてきた。
「そうであったのか、これは失敬。
お久しぶりですな、ロース様。以前は昏睡なされていたが、お目覚めになったのですな」
「互いに、おはようと言ったところか。しかし、コジルドとやら。
私はお前に、久しいと言葉を返してやれない。長い眠りのせいか、私は記憶を失ってしまったのだ」
「なんと! それは都合がいいですな」
「はっ? どういう事だ!?」
「いや、以前にですな……。決してわざとではないのですが。
ロース様が大切になさっていた、ペットのマンドレイクをうっかり踏んでしまい、棺の中に亡骸を隠した事がありまして……」
「おい……! それは記憶の都合に関係なく、私に暴露したらダメなやつだろ。
隠すなら、隠し通せよ……!」
言わなければ好都合で済んでいた失態を、コイツは自ら不都合に書き換えやがった……!
「踏んづけた途端、あんなに泣き叫んでいたマンドレイクが、一瞬にして静かになりました。
ですから棺エリアのボスとして、責任を持って棺に納め隠しましたぞ」
「………………そっちの方が、都合のいい話に聞こえるんだが」
どうやらエリアボスとして、特権を行使したらしい……。
「フ、フハハッ……! 話さない方が良かった話でしたな。
それよりロース様には、改めて自己紹介をご披露せねば」
首から下を隠すように、マントを体に巻きつけたコジルド。
そして透かさず、派手に両手で広げ直し、マントをヒラヒラと背後で踊らせた。
「我の名は、コジルド!
棺エリアのボスを務める、孤高のヴァンパイア。この疼く右手に愛槍を装備する時、我は最強にして最恐の闇属性ランサーと化す。
この場におられるロース様をはじめ、貴様ら小娘共よ……始まるぞ……。今宵より、我のターンだ!
闇の交響曲に怯えぬよう、気をつける事だな……!」
痛々しく、独善的なコジルドの自己紹介を聞き終えるなり。
――俺は、先ほど見た夢を思い出した。
「その言動……お前は……!」
『――ヒロシみたいに拗らせたヤツの事を、世間では……!』
「厨二病……」
「んっ……? どうなされた、ロース様。ちゅう……なんて?」
ひとり呆然と呟いた俺に、コジルドは不思議そうに首を傾げてくる。
「コジルドよ……! ちょちょっ、こっち来い……!」
俺はコジルドの肩に腕を回し、デュヴェルコードたちから距離をとった。
あからさまな厨二病も気になるが、それ以上に気になった言動がある。
それはコジルドの使った、人代名詞。
我と貴様って、コイツまさか……!
「ど、どうなされたロース様。こんなヒソヒソと……。恋バナをなさるおつもりか?
我で良ければ、ひと皮剥きますぞ」
「そこはひと肌脱げ…………。いや、そうではない。剥きも脱ぎもいらん。
なぁコジルド、お前……。まさか蓮池ヒロシか……?」