5話 爛漫勇者8
ンーディオたちに向け手を翳したデュヴェルコードは、トラップ魔法『ディープピットフォール』を唱えた。
するとンーディオたちの足元に、直径数メートルにも及ぶ巨大な魔法陣が出現。
ンーディオたちを囲い込み、淡い光を放つ魔法陣が地面を彩った。
「なんのつもりだ魔王! テメェ、調子乗のん……!」
ンーディオによる罵倒の最中、出現したばかりの魔法陣は、程なくして消失。
同時に魔法陣の描かれていた地面も、またたく間に消えて失くなり、大円の落とし穴が生成された。
――デュヴェルコードは一瞬にして、敵から地の利を奪った。
「ヤベッ、落ちっ……!」
なす術のないンーディオの悲痛が、落下していく姿と共に途絶える。
まさに、幽々たる奈落。
簡単には這い上がれない深さの巨大な落とし穴が、ンーディオたちを飲み込んだ。
「一気にいくぞ! レアコード、次だ!」
「準備済みですわ。『トゥレメンダス・インパチェンスヴェノム』!」
指示を出す前から、既に落とし穴へと手を翳していたレアコード。
紫色の瞳を光り輝かせ、血気盛んに毒魔法を唱えた。
透かさず、ンーディオたちの落ちた穴を覆うように、禍々しい魔法陣が出現。
いかにも人体に害悪をもたらすような、ドロドロとした猛毒液が、落とし穴いっぱいに降り注いだ。
「か、体に悪そうな色と臭いだ……!」
「フフッ。例え猛毒でも、ヤツらには効果が薄いかも知れませんわ。
人族なんて、元から汚た種族ですもの。でも、窒息なら期待できるかしら。
デュヴェル、蓋して」
レアコードは不敵な笑みを浮かべ、胸の前で両腕を組む。
分かりきってはいたが、やはり冷酷だ……!
「はい、塞ぎます! 『トゥレメンダス・シールドウォール』!」
デュヴェルコードは地面に両手をつき、シノの弓矢から俺を守った時と同じ岩壁を、地面沿いに発生させる。
激しい轟音を鳴らし、地を這い生成されていく分厚い岩壁。
ンーディオたちから逃げ場をなくすように、凄まじい勢いで落とし穴の口を塞いでいった。
「ロース様、塞ぎました! いよいよ作戦のフィナーレです。
カッコよく決めてください!」
「もちろんだ。行ってくる!」
俺は隣にいるふたりを残し、落とし穴を塞いだ岩壁の上を走り出す。
この体に備わった筋力を活かし、猛スピードで突き進んでいく。
「狙うは、落とし穴の中心……!」
全速力の助走をバネに、俺は塞がった落とし穴の中心を目掛け、高くジャンプした。
そして、着地と同時に……!
「完遂の一撃だ……。締めの拳を食らえっ!
………………ま、魔王パンチッ!」
俺は咄嗟に絞り出した情けない技名を叫び、渾身の力で岩壁を殴った。
こんな事なら作戦と一緒に、殴打の名前も考えておけばよかった……。
俺の殴った打点を中心に、崩壊していく岩壁。砕けた岩たちは穴の中へと落下していき、落とし穴をみるみる埋めていく。
「おっと、巻き込まれる前に退避!」
俺は巻き添えを食わないよう不安定な足場から離れ、デュヴェルコードたちの元へと退避した。
安定な足場を確保した後、俺は落とし穴を目視し、岩たちが穴を埋め尽くした事を確認した。
「やりましたね、ロース様!」
戻るなり、満面の笑みを向けてきたデュヴェルコード。
「あぁ、なんとか作戦通りに事を運べた。ふたりとも、見事な魔法だったぞ」
「何をおっしゃいます! 真に見事なのは、この作戦を考案なさったロース様ですよ!
最後の一撃も、迫力満点でしたし!」
「そ、そうかっ!? カッコよく決めろと言われ、つい力が入ってしまったぞ!
あははははははっ……!」
「はい! 技名は凄まじくカッコ悪かったですが!」
「あっ…………………………」
俺は笑うのを止めた。
聞こえていたのかよ。て言うか、触れるなよ……!
「確かに、あれは酷かったですわ。勇者に技名をとやかく言っておられたくせに、勇者より惨い技名でしたね。
いっそ、無言で殴って欲しかったかしら」
「レ、レア姉! 言いすぎですよ。せめてロース様のおられない所で、はやし立てないと」
「お前ら……言いたい放題かよ」
俺は岩壁を破壊した拳を見つめ、肩を落とした。
「とりあえず、ンーディオたちの消息を確認するぞ。
あんなヤツでも、城を完全攻略まで追い込んだ勇者だ。まだ油断はできんぞ」
「大丈夫ですよ! 猛毒の液で満たした落とし穴に、あれだけの岩を敷き詰めたのです。
客観的にみて、身動きも取れない猛毒漬けは致命的! 例えタフな勇者でも、命を落とすに違いありま……」
――ドォーーンッ!
突然、岩を砕くような轟音が鳴り響き、デュヴェルコードの声を掻き消した。
俺は反射的に振り返り、落とし穴の方を見てみる。
「今の、思いっきりフラグ発言じゃないか……!」
――落とし穴に、眩しい光の柱が立っていた……!