5話 爛漫勇者5
――大扉から見えた、魔王城正門へと歩みを寄せる4人組。
デュヴェルコードいわく、その中で大きなマントを靡かせている人物が、例の勇者であると言うが。
「な、なんだか……。思い描いていた人物像と違うぞ……!」
勇者とは高貴で凛々しく、そして気品に満ちた存在だと思い描いていた。
しかし俺の想像とは裏腹に、実際に現れた勇者ときたら……。
「勇者が、腰パンって……! イメージぶち壊しだ。
しかも、片手はポケットインだし……」
「腰パン? とは初めて聞きますが、おっしゃりたい事はなんとなく分かります。忌々しく偉そげです」
「間違ってはいないな……。ところでデュヴェルコードよ、あのド派手マントの輩が手にしている物は……?」
「はい。魔族にとっての脅威である武器、聖剣です」
「…………聖剣、かぁ。だとしたらあの勇者、聖剣の扱い酷くないか……?」
俺は勇者の様相より、むしろポケットインされていない方の手に持たれた物が、ずっと気になっていた。
勇者は聖剣を鞘に納めず、柄頭の先を2本の指で軽く挟み持ち……。
「魔王である私が言うのもなんだが……。
あの勇者、神聖な剣に対して罰当たりだな」
ダラリと腕を垂らし、剣先を地面に引き摺りながら歩いていた。
まるで、暴力事件を起こすタイプの野球部員みたいだ……!
「あの聖剣『スキャンダル』に、数多の魔族が手を焼いてきました」
「はぇ……? あの聖剣、『スキャンダル』って名前なのか?」
「あ、はい。そう聞き及んでおります。
一説によると、あの聖剣にまだ名がついていなかった時代に、当時の国王が召し使いを寝取ったそうです。
それを知った妃が、夫である国王と召し使いをあの聖剣で斬殺し、その名がついたとされています」
………………何その、昼ドラみたいなドロドロ秘話。ただの不祥事じゃないか……!
デュヴェルコードの説明を聞きながら、近付く4人組を見つめていると。
「――オラオラッ、魔王! ハハッ! 来てやったぞっ!」
突然、勇者がこちらに向け叫声を放ってきた。
勇者は鋭い目つきでニヤリと笑い、引き摺っていた聖剣を振り上げ肩に担ぐ。
歩き方、着こなし、口振り……。
あの男は全てにおいて、俺が思い描いていた勇者のイメージを、ぶち壊してくれる。
「な、なんだかこの勇者……ガラ悪いな。ただのチンピラじゃないか……!」
「はい、チンピラです。ですがロース様、侮られぬように。あんなチンピラでも、勇者です。
全てを見透かしたように、この魔王城を完全攻略にまで追い込んだ、張本人です」
「説得力に欠けるが、頭に入れておこう。人は見た目によらないと言うしな」
俺たちが大扉の前で話している最中、勇者たちは正門へと辿り着き、門の枠内で立ち止まっていた。
「ハハッ! 本当に目覚めたようだな、魔王。そのツラを拝むのも久しぶりだ」
「そ、そうだな……!」
「あぁ? なんだその、ぬりぃ返答は。頭ん中、まだ寝てんのか?」
「いや。お前を見ていると、なんだか……」
「ロース様は記憶を失われているだけです、無闇に喋りかけないでください!
この、強いけどチンピラ勇者!」
俺の言葉を遮り、勇者に向けビシッと指を差すデュヴェルコード。
無闇に喋っているのは、お前だろ……。
相手の出方を窺うまで、伏せておきたかったのに。
「ハハッ! おいおい魔王、テメェ記憶がねぇのか。だろうな、想定内だ!」
「な、なぜ知ったような口を利くっ!?」
「なぜって……。テメェ、脳筋魔王だろ。なげぇ眠りの間、記憶を保てるだけの脳みそあんのか?」
「そういう事ね……! だから私の名前も忘れていたのね、魔王!」
勇者の隣で、ひとり納得したように頷くシノ。
「いや、お前は別枠だろ。名前が長すぎるだけで、現に昨日聞いたのに忘れた」
「わたくしも……残念な女としか。
自分のお名前を覚えてもらえない事を、他人のせいにされても……」
「うるさいわね、脳筋バカとロリエルフ! 舐めてんの!? ペロペロなの!?
そこのレアコードは、ちゃんと覚えていたじゃない! あんたたち、本当に脳みそ腐ってんじゃ……」
――バッ……!
怒声を遮るように、勇者はポケットから素早く手を抜き出し、シノの胸元へと手を翳した。
「ハハッ! なぁシノ……。それ以上は言うな。オレも、気持ち分からなくもねぇからな……!」
勇者はニヤリとした表情をキープしたまま、眉間にシワを寄せた。
口元は笑っていても、目が笑っていない。
シノの気持ちに、共感が持てるのか……。
それとも、自分の右腕であるシノをバカにされ、イラだっているのか……。
シノの胸元に差し出された手を見ると、指先にまで力が行き届いているのが分かる。
――この勇者、シノを庇ったのか……?
チンピラのくせに……。