5話 爛漫勇者3
「――…………ま。…………様っ」
薄れた意識の中で聞こえてくる、少女のような声。
聞き覚えのある、可愛らしい声。
「――…………ース様っ」
以前、この世界に転生してきた時も、同じ声を聞いた。
俺を呼び覚ます、幼げな声。
「んん……」
「ロース様っ! プフッ……! そろそろ起床なされてください」
俺は重たい瞼を上げ、声のする方へ顔を向けてみる。そこには中腰で顔を覗かせる、デュヴェルコードの姿が。
どうやら昨日は目を閉じた後、そのまま眠ってしまったようだ。
「あぁ、デュヴェルコードか……。そろそろ起きるよ」
軽く目を擦り、俺はウトウトと返事する。
「おひとりで、プフッ……! お立ちになりますか?」
「お前はヘルパーさんか。そのくらい、私ひとりで大丈夫だ」
俺はベットから体を起こし、デュヴェルコードの前に立ち上がった。
「おはようございます、ロース様。おひとりで、プフッ……! た、立てましたね」
「おはよう……の前に。お前はなぜそんなに、ニヤついているのだ?
先ほどからプフプフと、笑い声が漏れているぞ」
片手で口元を上品に覆い、ニヤついた表情を隠そうとするデュヴェルコード。
「いえ、その……。お立ちになる前から、お立ちになっていて……プフッ!
朝の風物詩ですか?」
「は? いったい、なんの事……」
寝起き早々の謎めいた発言に、俺はポリポリと頭をかく。
だが……。
「あっ……! ああぁぁーーっ! 立ってる!!」
俺は、瞬時に理解した……。
「ち、違うぞこれは! いや、違わないが!
現に立っているが、わざとじゃないんだ! 寝起きは仕方ないんだ!」
「そんな慌てられなくても。プフッ……!
イキり立ってますね、凄まじい角度です」
「へ、変な言い方をするな! これは自然現象だ!」
「理解しておりますよ、ロース様。はいはい、仕方のない事です。
しかし、今日に限って……。勇者に見られる前に、その霰もないお姿は、どうにかなさらないと。
わたくしが処理致しましょうか?」
「て、手は借りん! 自分で処理する!」
俺は慌てて…………頭の寝癖を隠そうと、不規則に立ち並んだ髪の毛たちを、両手で押さえた。
どうやら眠っている間に、相当な寝返りで髪の毛をボサボサにしたようだ。
それにしてもデュヴェルコードの言う通り、凄まじい角度で髪の毛が立っているな……。
俺は両手の鋭い爪先で、クシのように髪の毛を梳かしていった。
「朝から笑わせていただきました! でも、さすがに慌てすぎでは?」
「魔の王たる者が……いや、そうでなくても、寝癖など恥ずかしいだろ……!
寝ぼけ感、半端ないわ……!」
「案外、そのお姿を晒されれば、勇者の油断を誘えるのでは?」
「…………デュヴェルコードよ。お前は昨日のシノを見て、誇りを感じたか?
綺麗事かもしれないが、戦場にだって最低限の礼儀はあると思うぞ」
「お、おっしゃる通りです……。失礼致しました」
デュヴェルコードの軽いお辞儀に合わせ、俺は頭を梳かす手を止めた。
「戯れはこの辺にしておこう。そして、デュヴェルコードよ。戦いの備えは万全か?」
「はい! わたくしもレア姉も、準備万端です。魔力も漲っております!」
「よしっ。敵はいつ攻めてくるか分からない。まずは……」
俺が指示を出そうとした、その時……。
『――隣人ニュース! 隣人ニュース!
ただいま正門前にて、敵軍の接近を確認! ご興味のある方は、挙って正門前にお急ぎください!』
いつもとはテイストを変えた、締まらない放送が城内に流れた。
隣人ニュースって、ご近所付き合いかよ……!