5話 爛漫勇者1
――正門前。
俺たち3人は、自ら望んで敗北を期したシノの立ち去る姿を、ジッと見届けていた。
「あれで、勇者の右腕か。実力はあるのだろうが、中身がな……どうかしいてる」
「ついでに、名前もどうかしていますしね。フラフラと歩いて、つくづく残念な女です」
呆れ気味の発言とは裏腹に、艶やかな表情のデュヴェルコード。やはり快感を覚えたのか、未だに目を輝かせいた。
フラフラの歩き方になったのは、お前が原因だけどな……!
「ロース様。先ほどは到着が遅くなり、申し訳ありませんでしたわ。
ここへ来ても、大した働きもできず……」
遠のくシノを眺めていた最中、横から唐突に謝罪をしてきたレアコード。
「装備を取りに行く許可を出したのは私だ。多少の遅れは止むを得ない。
だがな……大した事はしたぞ。少なくとも、私とシノのリアクションが被るほどに。
あそこで『ヒール』をかけるなんて、誰が思いつく?」
「フフッ。アメとムチ、と言うやつですよロース様。デュヴェルがムチを与えたのなら、あたくしはアメを与えないと」
「どこがアメだ。お前たち姉妹揃って、ムチムチだったぞ」
「ロース様! レア姉はともかく、わたくしはまだピチピチですよ!」
デュヴェルコードは怒り気味に、両頬をプクリと膨らませた。
相変わらずトチ狂った洞察力で、場を掻き乱してくれるな……。
「ものの例えなのだが……。それより、レアコードよ。先ほどは、お前の能力を推し量るだけの対峙にまで至らなかった。
冷酷極まりない性質は理解したが……。お前は、どんな戦闘スタイルを得意とするのだ?」
「そうですわね……。主軸は魔法ですが、近接戦も少々と言ったところかしら」
説明と同時に、レアコードはひと振りの剣を抜き出した。
「なんだ? えらく禍々しい剣だな」
パッと見の印象に過ぎないが、黒紫色に染まった剣身から、何やら不吉なオーラを感じる。
「えぇ、これは魔剣ですわ。魔族のステータスを引き上げる一品、魔剣ウィケッド」
魔剣……。そんな物が本当にあろうとは。
さすが異世界だ。
「つまりそれを魔族が握ると、戦闘力が増幅するという事か」
「おっしゃる通りですわ。あたくしの説明を、リピートされただけですけど……。
効果的な使い方として、『スカルクラッシュ』の魔法で敵の頭蓋骨を砕き、怯んだ拍子にこの魔剣を突き立てれば、簡単に勝てますわよ」
禍々しい剣身を、優しく指先でなぞるレアコード。
その戦法だと、魔剣を使わなくても頭蓋骨を砕いた時点で、十分な致命傷になっていると思うが……。
「か、簡単そうに言うが、想像はしないでおこう……。
しかしだ。魔剣を持ち、魔法も優れておきながら、なぜシノに負けたのだ? 冷酷な性質なら尚更に」
「…………敗北は事実ですから、認めざるを得ません。この場をお借りして、お詫び申し上げます。
あの一戦は、あたくしの油断が招いた結果ですわ」
戦況を思い出したのか、レアコードは目線を下げ少し俯いた。
「命を落としてまで戦ったのだ、謝る必要はない。
だが原因が油断とは。あんな残念な女から、不意打ちを食らったのか?」
「えぇ。敵を称賛するつもりはありませんが、あの女は厄介なアーチャーです。一撃目は、外す腕前ですけど……」
それなら知っている。俺も見た。
少しの間を置き、更にレアコードは続けた。
「マジックアロー……。つまり、矢にさまざまな魔法を付与し放つ。
それがあの女にとっての、専売特許……」
「なるほど……。つまり距離をとった死角から、シノに射抜かれたと?」
俺が質問するなり、レアコードは更に顔を俯かせ。
「いいえ、あの女は……! マジックアロー以上に、死んだフリが上手いのよ……!
それも別格に、まるで本物の死体並みに……!
あたくしの洞察力を持ってしても、騙されたのよ……」
俯くレアコードの説明を聞き、俺は言葉を失った。
なんて……なんて残念すぎる美女なんだ、シノと言うヤツは……!
戦闘力以上に優れた死んだフリって、それでも勇者の右腕かよ……!
そんな残念すぎる美女に討たれたレアコードを、俺は黙って見つめた。
「ロース様? まるで、『そんな残念な女に負けたのか』という眼差しでレア姉を見つめられて、どうなされました?」
余計な事を口走るな、ロリエルフ……!
なぜこんな時だけ、完璧に思考を読み解いてんだ。
「ロース様、何かおっしゃりたいのかしら?」
「いや、その……。敵の副将に負けたと言い換えれば、仕方のない事に思えるぞ」
「フォローになっていませんわ」
「……………………なんか、すまん」
沈黙の末に、俺はかける言葉が思いつかなかった。
「そんな事より、ロース様! また明日には敵さんが再来します!
時間がありません、今のうちに新たな手を!」
デュヴェルコードは急かすように、両肩を小刻みに上下させる。
「この気まずさを生んだ主犯格とは思えない、強引な切り替えだな。
まぁ、それはいいとして……。明日に備え、私に少し考えがある。作戦を聞いてくれ」
俺は作戦を伝えるべく、ふたりの視線を集めた。