1話 天界展開3
ポケットからある物を取り出した、笑顔の姉。
「ご褒美って、なんだよ姉ちゃん」
「んー、なーいしょっ。その手じゃ、ひとりで食べられないだろうから、優しくて可愛い姉ちゃんが食べさせてあげる。
目をつむって、大きく口を開けて」
2本の指を、俺の両瞼にソッと添える姉。
俺はなぞられるまま目をつむり、大きく口を開けた。
「ん? 素朴な……でも、ほんのり甘いような……」
開けた口の中に放り込まれた、硬い球状の物体。舌でコロコロと転がす度に、口の中に独特の風味が広がる。
「どぉ? 美味しいでしょ。ご褒美の大玉贅沢アメはいかがかな?」
「これ……何味? アメにしては、絶妙にミスマッチな味わいだけど。
美味くも不味くもない……なんなら、ちょっと不快な味なんだが」
複雑な味に悩んでいる俺へ、姉がアメの包装シートを差し出してきた。
「正解は、これよ。うちの会社で開発中の、大玉贅沢アメ、ドングリ味。
大玉だから、1時間近くドングリ風味を味わえるの。贅沢なひと粒でしょ」
………………ドングリ味って……。そんな珍妙な商品を売り出して、需要あるの?
姉ちゃんの会社は、人をリスとでも思っているのだろうか。
「できれば……もう吐き出したいんだが……」
「ダーメッ。姉ちゃんを困らせた罰として、溶けてなくなるまで口から出す事を禁じます。
それじゃ、姉ちゃんは出社するから、大人しく寝てなさいよ」
姉は、俺の唇を指でツンッと押し、部屋を出るべくドアへと歩き出した。
さっきはこのアメを、ご褒美とか言っていたくせに。今はペナルティツール扱いかよ……!
「出社って、隣の部屋で在宅ワークじゃん。俺の容体に合わせて……勤務体制を変えくれたからだけど……いつもごめん……」
姉は何も言わずに退出し、優しい笑顔を覗かせながらドアを閉めた。
その途端、勢いよくドアが開けられた!
「言い忘れたわ。
1時間じっくり味わうために、舐めるだけ! 歯は立てないこと! じゃっ!」
まるでゲリラ豪雨のように、姉は一瞬にして去っていった。
せめて説明に、『アメを』とつけて欲しい。言葉足らずだと、なんの説明か分からなくなるだろ……!
俺は姉が出ていくなり、口に含んだアメを豪速で転がし始めた。
正直、この味は美味しくない。食べた事もないドングリの風味を、1時間も口に滞在させるわけにはいかない。
「姉ちゃんの善意には悪いが、速攻で処理させてもらう!
些細な優しさが、こんな大きなお世話になるとはっ!」
早く不快な味から解放されたい……。
ただそれだけを思い、俺は巧みな舌使いでアメを転がし続けた。
その時……!
――カラッ、コロンッ……!
恐ろしい落下音が、口の中に響いた。
「んぇ……!? カッ……カッ、コッ!!」
姉の些細な優しさを、大きなお世話などと無碍に思った、俺への罰だろうか……。
俺の巧みな舌使いを掻い潜り、アメは天の裁きを纏ったように……喉奥へと下った。
「………………………………カッコッ!」
ヤバいヤバい、ヤバいって! これはシャレにならない!
ドングリ味がコロコロと、喉奥にハマって大変なんだが!
「コッ……カッ! コッ、カッ!」
両手両足は、骨折中で動かせない。
ギブスが邪魔で、寝返りもうてない。
助けを呼ぼうにも、声が出せない。
息が……苦しい……。
――コンコンッ……!
俺がもがく最中、部屋のドアがノックされた。
まさか、姉ちゃんか……? 良かった、助かる可能性が……!
「亮っ? お昼は何食べたい?
……………………返事がない、寝ちゃったのね」
…………寝てねぇよ! て言うか、もうすぐ永遠の眠りにつきそうなんだよ……!
頼むから、様子を見に入ってきてくれ……!
部屋の外から、遠のく足音だけが微かに聞こえてくる。どうやら心の叫びは、姉に届いてくれなかったらしい。
「コッ、カッ。ダメ、だ……息……」
――虚しい断末魔を最後に、俺の脳裏に浮かび上がっていたイメージは、霧のように白く見えなくなった。
記憶を辿り終えた俺は、ゆっくりと目を開ける。再び真っ赤な空間が、視界いっぱいに広がり。そして……。
「おかえりなさい。少しは思い出せましたか? 流崎亮さん」
目の前に、洗濯バサミで鼻を摘んでいる……女神エリシアが立っていた。