33話 正体妄想11
マッドドクトールから情報を聞き出した俺は、足早に医療エリアを後にした。
「はぁ……! まったく、いつ絡んでも不気味なキメラだ。何で魔王城唯一の医者が、あんなに胡散臭いんだ」
俺は歩みを止める事なく振り返り、『お薬じょーずにキマるかな?』と書かれた医療エリアの入り口に、視線を向ける。
「変な看板を掲げやがって、今度黙って撤去してやる」
俺はボソボソと不満を漏らしながら、次なる目的地へ向かうため、視線を通路の先へと戻す。
俺が次に情報を聞き出したい相手は、教会エリアボスのキヨラカ。
役に立つ情報を提示してくれるかは不明だが、数少ない勇者ンーディオの情報を持つ魔族。聞くだけ聞いてみて、損はないだろう。
「うわっ……何だよ、また長蛇の列が出来てるぞ」
医療エリアと然程離れていないため、俺はあっという間に教会エリアに辿り着いた。
そんな教会エリアの前で目にしたのは、教会エリア内から外の通路にかけて列をなした、下級魔族たちの姿。
「ま、まだこんなに居たのか、迷える子羊たち……」
様々な種の魔族が、揃いも揃って肩を落とし、大蛇のような長い行列を作っている。
あの邪教徒にすがりたいヤツが、まだこんなに居るとは……!
「まぁアイツはポンコツ修道士だが、口だけは達者だからな。列くらいできるか。アイツの本性を知った今では、この並んでいる魔族たちが、気の毒に思えてくるが……!」
俺は意気消沈した様子で並ぶ魔族たちを順に見渡し、教会エリアの入り口へと近づく。
「キヨラカ! キヨラカは居るか! 話がある!」
入り口を抜けた俺は、教会エリア内に声を響かせた。
すると……。
『あっ、順番守らない気だ』
『並んでる僕らなんか、見えないって事かな』
『きっとオイラたちなんて、眼中にないんだよ。偉いから』
『並ぶって行為、知らないのかな』
『仕方ないよ、だってロース様だもん』
『偉いんだね、魔王って。カッコ嫌味、カッコ閉じ』
長蛇の列から、ヒソヒソと俺の悪口を呟く声が、いくつも聞こえてきた。
この呟き、以前コジルドが訪れた時も聞こえたな。
どれも聞こえないフリはしてやったが、最後の『カッコ嫌味、カッコ閉じ』だけは余計だろ。
カッコなら態々口に出さず、心の内に秘めとけよ……!
「――静まりなさい、迷える子羊たち。口は災いの元、言葉とは時として凶器。軽はずみに憎悪を口にしてはなりません」
祭壇上から、集団の憎しみを宥めるように、優しい笑顔で声を届けた、教会エリアボスのキヨラカ。
「そこに居たのか、キヨラカよ。相変わらず、笑顔は爽やかだな」
「おやおや、何をおっしゃるのですかロース様。私はいつでも、全てが爽やか。汚れを知らぬ真っ当な悪魔修道士ですよ」
キヨラカは笑顔を絶やさず、祭壇の上からゆっくりと俺の方へ歩みを寄せ始めた。
中身だけで考えると、お前の心がダントツで魔王城一汚いぞ、キヨラカ……!
「冗談はそれくらいにして、少し私の質問に答えてくれないか?」
「かしこまりました、何でも答えましょう。あと私は大真面目です」
「あ、そうか……。お前が勇者パーティに敗れた時の状況が知りたい。お前はどんな手口や戦法で、勇者ンーディオに敗北したのだ?」
「なんと……! 主はおっしゃっています。包み隠さず、赤裸々にあの時の大敗を告白せよと。さすれば私の無念を、目の前に居られる大悪魔が晴らしてくださると」
「だ、大悪魔……まぁ、魔族の褒め言葉と捉えておく。それで? どんな死に際だったんだ?」
「はい、確かあの日は、少しジメジメとした小雨の降る天気でしたが、私の笑顔は爽やかで……」
「やめろやめろ、いらん説明までするな。天気などどうでもいいから、戦闘の内容を話せ」
俺は不要な背景まで話そうとするキヨラカを遮り、簡潔に話すよう指示を出した。
「は、はぁ……。あの日も迷える子羊たちの告白を聞き、啓示を与えていました。そんな時、勇者パーティが突如として現れ、この教会エリアに殴り込みをかけて来ました。
私は瞬時に置かれた状況を判断し、透かさず悪魔召喚を行いました。そして私と契約を交わした悪魔を召喚し、戦わせたのです」
「あ、あのバイ菌擬きの、ちっちゃい悪魔か?」
「はい、その悪魔です。ですが敵パーティのヒーラー美少女に、呆気なく消されました」
「呆気なくって、どれだけ弱いんだよ。相手は回復役のヒーラー、マイルだろ?」
「相性と言うやつです。ヒーラー美少女は、聖魔法を得意としていたようですので。小さな黒豆程度の闇が、巨大な光に捻り潰されるような、そんな呆気なさでした。
そこで私は次なる手として、たまたま列をなして突っ立っていたゴブリンやインプたちに、勇者に立ち向かうよう暗示を……ゴホンッ。共に悪を滅ぼそうと、声を上げました」
「おいっ、今いろんなヤバい発言が出たぞ。いいのか? たまたま突っ立っていたとか、立ち向かう暗示とか、悪魔修道士がそんな事を言って」
「い、嫌ですよロース様、聞き違いです。主もおっしゃいました。誤解が生まれかけた時は、ひとつ大袈裟な咳払いを挟めと。
私は彼らの先頭に、自ら立ったのです。迷える子羊たちのやる気を引き出し、皆で勇者という悪に立ち向かったのですよ。ゴブリンたちは悉く、勇者の振るう聖剣に斬られていきましたが……。何故か最後に、私だけを生かして……」
キヨラカは分厚い書物を両腕で抱き締め、当時の惨劇を思い出すように、悲しげな表情を浮かべた。
「お前……先頭に立ってたんじゃなかったのか? お前はンーディオに生かされたのではなく、ゴブリンたちを盾にして、逃げていただけだろ。包み隠さず私に話すのではなかったのか?」
「………………逃げ回ったお陰で、私はひとり生き残りました。しかし同時に、追い込まれた事にも気付き、私は自棄を起こしたのです。そして勇者に向け、一心不乱に魔法を連発しました」
「やっぱり逃げてたのかよ」
その後、キヨラカは目を泳がせながら、ンーディオに使った魔法の数々を、壊れたスピーカーのように連呼していった。




