33話 正体妄想8
「――でもね、私にはもうひとりのママ、育てのママがいるの」
両親を失った話の末、育ての親が居ると明かしてきたブリアーヌ。
「育てのお母さんが居るのですか、ブリ?」
「うん、小さかった私を拾ってくれて、今まで育ててくれたママ」
「お母さん? お父さんではなく?」
真相を突き止める様子で、目を細め顔を覗き込ませるデュヴェルコード。
どこに食いついてんだ、ブリアーヌが母親と言うのだから、母親でいいだろ……!
「す、凄い疑われてる。本当にママだよ。名前は忘れちゃったけど」
「名前を忘れた? まるでロース様みたいな言い分ですね。ロース様は名前どころか、全てを綺麗さっぱり忘れていましたが」
「おいっ、私は仕方ないだろ。いちいち引き合いに出すな」
俺は何食わぬ顔で名前を出してきたデュヴェルコードに、冷たい視線を向けた。
「ママの名前を忘れたと言うより、ちゃんと憶えた事がなかった気がするの」
「何だって? まったく、自分の名前もしっかり教えないとは、なんと不届きな母親だ」
この異世界に迷子センターなんて存在しないかも知れないが、母親の名前を知らないと、迷子になった時困るだろ……!
「わ、私の記憶力が悪いのも問題だがら、ママは悪くないです」
「謎めいたお母さんかも知れませんが、ブリがこんなに良い子なのです。きっと育て上手な、良いお母さんだったのでしょう」
「ありがとう、デュヴェルコードちゃん。よく朝帰りするママだったけど、私にとっては大切なもうひとりのママだったよ」
「ん? 『だった』?」
朝帰りの方も気になったが、話が過去形だった事に違和感を抱き、俺は即座に聞き返した。
「先日、置き手紙があってね。ママは暫く仕事で忙しくなるから、ある場所に向かいなさいって。この魔王城より、さらに奥の場所なんだけど、森に入るなり早速魔獣に襲われて、迷子になっちゃって。ママもお仕事で私が迷子になった事を知らないだろうし、もしかするとこのまま、もうママには会えないんじゃないかって……」
「それで過去形で話したのか。ところで、その指定された場所とは何処なんだ?」
「………………わ、忘れました。今日まで苦難の連続だったから……」
「おいおい、まさかその置き手紙すら持ってないんじゃ……」
「………………も、持ってません。家に忘れました」
「ガチ迷子じゃないか。これはもうお手上げだな」
ブリアーヌの失態ぶりを目の当たりに、俺は思わず額に手の平を当てる。
「わたくしもロース様がお目覚めになられた時、同じような心境でしたよ。良いライバルですね、忘れん坊のブリとロース様」
「おい、何て正直な嫌味だ。少しはオブラートに包め」
俺はデュヴェルコードの皮肉発言に、再び冷たい視線を向ける。
「しかしここまで情報がないと、確かにお手上げですね。ブリのお母さんを探して上げたいですが、正体も分からないとなると、手掛かり不足です。チンピラ勇者との決戦も近いですし、探す時間も不足しています」
「勇者ンーディオとの、決戦か……」
俺は呟きながら、ゆっくりとその場に立ち上がった。
「い、如何なさいましたロース様?」
「いや、ちょっとな。明日のンーディオとの戦いに備えなければと、改めて身が引き締まっただけだ。
お前たち、残りのケーキはふたりで食べ尽くしていいぞ。そしてブリアーヌよ、勇者との決戦が無事終われば、時間はたっぷり作れる。デュヴェルコードと共に、お前の母親を探すといい」
「え、は、はいっ。ありがとうございます、ロース様」
「勇者に勝利できたらだがな。そのためにも、今からできる備えをしておく。デュヴェルコードも、浮かれは程々にな。節度を持って、今はふたりでパーティを楽しんでくれ」
俺は指示を言い残し、ふたりに背を向け食堂の出入り口へと歩き出した。
「ふふっ。パーティですか、ロース様のお口からそれを聞くと、何だか新鮮ですね! 昔のロース様でしたら、いつも『パーティ』の事を『ハーレム』なんて言い換えて、女魔族を集めては羽目を外しておられたのに」
「何っ? 今なんて?」
思い出し笑いを交えて語るデュヴェルコードの言葉に反応し、俺は咄嗟に足を止め振り返った。
「えっ、ですから、女魔族を手玉に取り、羽目を外して……」
「そこじゃない! その前だ!」
デュヴェルコードの口にした何気ない思い出話が気になり、俺は声を荒げテーブルに勢いよく両手を着いた。
 




