33話 正体妄想2
「お前、ブリアーヌか?」
寝室のドアを開けた途端、目の前に悍ましい顔つきで突っ立っていたブリアーヌ。
「ロ……ス……様」
「だ、大丈夫なのか? 顔色が悪いぞ」
俺はブリアーヌの目線と同じ高さになるよう膝を曲げ、げっそりとした顔を覗き込む。
何だか昼間から、逸れゾンビに出会した気分だ……!
「だ……だ、だ、だ」
「だだだ?」
「大丈夫です……ギリギリ……」
「本当にどうしたんだ? ギリギリ大丈夫にも見えないが」
俺は声を震わせるブリアーヌの肩にそっと手を置き、軽く揺さぶってみた。
「み、三日三晩、まともに寝れてなくて……」
「何、3日も? 森を彷徨っていた時は陸に眠れなかったとしても、昨日の晩は寝なかったのか?」
「デ、デュヴェルコードちゃんに付き合っていたら、眠る暇もありませんでした。昨日の食事後、デュヴェルコードちゃんは私を連れて、城中を案内してくれました。もう無理だと伝えても……。
それから憧れのガールズトークがしたいとか、正解するまで終わらないイラストクイズとか、雑魚鬼ごっことか始めちゃって……」
ブリアーヌは過酷だった昨晩を思い出すように、ボーッと斜め上を見つめながらゆっくりと語っていく。
「あ、あのロリエルフは、まったく……!」
「居るはずもない私の好きな人をしぶとく尋問してきたり、知らない魔物や武器の絵を描かれては答えさせられたり、雑魚鬼ごっこと称してコジルドさんを魔法で追い回したり。朝になったら弱体化するからと、日の出と共に迷惑そうなコジルドさんを、ひたすら追い回してました。
私の意識が朦朧とする中、デュヴェルコードちゃんはどれも楽しそうで……。私がつい意識を飛ばし、居眠りしてしまう度に、活気魔法『マインド・ハイエナジー』で無理やり気力を呼び覚まされて……。魔獣に追い回された森の方が、まだマシだったかも……」
「な、なんか……すまん。私の側近が迷惑をかけたな」
「気にしないでください。今はかくれんぼの最中なので、隙を見て命辛々ここまで逃れてきました。鬼に、見つからないように……」
「色んな意味で、デュヴェルコードが鬼のようだな。私の寝室で、少し横になるか? 鬼も私の部屋にお前が隠れているとは、思いもしないだろう。少しここで休憩していろ」
ブリアーヌのゾンビ顔を見ていられなくなった俺は、後ろ手でゆっくりと寝室のドアを開ける。
「良いのですか? 少しお言葉に甘えさせて頂きます……」
ブリアーヌは俺の誘導に従い、流されるように力なく寝室へと入っていった。
「鬼に見つかるまで、そこでゆっくり休息を取るといい」
俺はブリアーヌを見送りながら、静かに寝室のドアを閉じた。
その時。
「わっ! 鬼っ……いや、デュヴェルコード!」
視線を通路の方に戻した途端、今度は目の前にデュヴェルコードが立っていた。
「い、いかがなさいましたロース様。そんなにビックリ仰天されて」
「い、いや、何でもない。突然目の前にお前がいたから、少し驚いただけだ」
本当は、心臓が飛び出すほど驚いた。
なんて間の悪いロリエルフ。いや、鬼なんだ……!
「そうですか。余りのリアクションに、わたくしも少し驚きました。お尻がキュッと締まりましたよ」
デュヴェルコードは自身のお尻をパシッと叩き、俺に軽く笑いかけてきた。
「すまなかったな。まさか振り向いた瞬間に、お前が現れるとは想像もしていなかった」
「それよりロース様。この辺りでブリを見ませんでしたか? 彼女にちょっとした用があるのですが」
かくれんぼの事を俺が知らないと思っているのか、白々しく首を傾げながら質問してきた、鬼……。
「さ、さぁな……見なかったぞ」
「そうですか。まったく、ブリはどこへ消えちゃったのでしょうか」
「この城は広いからな。どこか他のエリアで、迷子になったのではないか? 私も一緒に探してやろうか?」
本当は背後の寝室に居るが、俺はブリアーヌを休ませたい良心から、デュヴェルコードを遠くへ誘導するように嘘をついた。
「いいえ、ロース様のお手を煩わせる訳にはいきません。もう手っ取り早く、索敵魔法で見つけちゃいましょう。『トゥレメンダス・エネミスサーチ』!」
「えっ!」
デュヴェルコードは左右に大きく両手を広げ、魔法を詠唱した。
するとデュヴェルコードを中心に光のサークルが出現し、広がる波紋のように四方へと拡大された。
今この子、かくれんぼの最中だよな?
鬼がそんな卑怯な手を使うなよ……!
「あれっ!? ロース様の背後から反応が!」
「……………………そうなのか?」
俺は言葉を詰まらせながら、必死に誤魔化し文句を搾り出した。
速攻でバレたんだが。
何だよ、この簡単にルールを破る鬼は。只のチート行為じゃないか……!
「どういう事ですか、ロース様?」
「………………昼飯でも行くか」
「行きませんよ! 誤魔化さないでください! わたくしはチョロいお手軽女ですか!」
デュヴェルコードは激昂した様子で俺の背後に回り込み、乱暴な手つきで寝室のドアをこじ開けた。