32話 食欲旺盛7
「――『シンセリティ・ヒール』……」
食事を終えた俺たちの隣で、ボソボソと魔法の詠唱らしき呟きをしたブリアーヌ。
「今、何か言ったか?」
食事を終えたこの子に、いったい何があったかは不明だが、力なく椅子の背もたれに頭を預け、体中から蒼く神秘的な光を発している。
まさかスゥーの作った料理が美味かった余り、天に召される訳じゃないよな?
文字通り、最後の晩餐になるんじゃ……!
ブリアーヌの謎の変化に、戸惑っていた矢先に。
「えっ……体力が、勝手に回復を……!」
残り僅かだった俺の体力が、みるみる回復していくのを感じ取った。
俺自身食事に夢中で、体力が残り僅かになっていた事を忘れていたが……!
「これって、ブリアーヌが掛けた魔法か?」
「そのようですね。わたくしは治癒魔法なんて唱えていませんし。スゥーさんもですよね?」
デュヴェルコードは何食わぬ顔で現状を語り、スゥーへと顔を向けた。
「ブヒュー。俺は治癒魔法を使わない。まさか俺の飯が美味すぎて、ロース様の体力が目覚ましい回復を始め……」
「「それはない」」
俺とデュヴェルコードは声をハモらせ、スゥーの楽観的な発言を遮った。
「あれ……? まだ回復が続くぞ?」
回復が始まり暫く経ったが、俺の体力は未だに回復を続けていた。
この魔法って、只の治癒魔法ではないのか……?
「何だこの回復量。単なる治癒魔法ではないぞ」
俺は魔法の正体が気になり、蒼く光るブリアーヌの肩を揺すってみた。
「おいブリアーヌよ、起きろ。この治癒魔法はお前の仕業か?」
「んんっ、美味しい…………あっ! ロース様!」
俺が声をかけるなり、ブリアーヌはハッと目を見開き、俺と目を合わせてきた。
その途端、俺の体力回復も同時に途絶えた。
「ブリアーヌよ、ひとつ答えてくれ」
「は、はい! どれも美味しかったです!」
「いやいや、確かに美味かったが、味の感想は求めていない。食事を終えたお前の体が蒼く光り、突然私の体力が目覚ましい回復を始めたのだが、いったい何をしたのだ?」
「えっ……私、光ってました? 魔法を唱えていました? ねぇデュヴェルコードちゃん、私光ってた?」
まるで想像もしていなかった展開を迎えたように、机に身を乗り出しデュヴェルコードに問いかけたブリアーヌ。
「ムーンライトくらい光っていましたよ」
ブリアーヌの問いに、珍しく耽美でまともな表現を口にしたデュヴェルコード。
「あ、ありがとう。私なんかが、そんなに美しく見えたなんて」
「あははっ、失礼しましたブリ。鬱陶しい最弱ゴーストの幽けき光のようでしたよ」
訂正の必要などない状況で、デュヴェルコードは珍しく出たロマンティックな表現を、見事に自ら台無しにした。
「お、おばけの光……。でも私、無意識に治癒魔法を唱えちゃってたみたい。ロース様、勝手な事をしてごめんなさい」
「プラスに働いたんだ、謝る事はない。しかし、不思議な治癒魔法だな。いつもの『ヒール』より、回復量が多かった気がするぞ」
「は、はい。『シンセリティ・ヒール』という治癒魔法です」
「初めて聞く魔法だな。何か特別な治癒魔法か?」
「ロース様、わたくしが説明致しましょう」
「何か知っているのか? デュヴェルコードよ」
「勿論です。『シンセリティ・ヒール』とは、清き者のみ発動する事ができ、清き者のみ施しを得られる治癒魔法です。
詠唱者、対象者が共に正直さんでないと成立しない、神聖な魔法ですね」
「そんな魔法があるのか……」
「でも良かったですね、ロース様」
「ん? 何がだ?」
軽く微笑んできたデュヴェルコードの真意が分からず、俺は即座に聞き返した。
「この魔法が掛かった、即ち、不適合者扱いされずに済んだという事です。
まぁ魔王でしたら、仮に不適合者認定されても、『小悪党上等』とでも強がりを言って退ければ、誰もが納得するでしょうが」
「小悪党はやめろよ、私は姑息で卑怯な小者か。強がりで誤魔化すなら、せめて大悪党くらい名乗らせろ。
とにかく、清き者や正直者が得られる治癒魔法なのだな」
形式上、皆の前で納得する口振りはしたが、俺は皆に嘘をついている。この体は魔王ロースだが、中身は魔王ロースではない。元日本人の流崎亮だ。
魔王城の皆には俺の正体を隠しているが、その偽りは正直者の評価に影響しなかったようだ。
少なからず真っ当に魔王を演じているつもりだから、見逃してもらえたのだろうか……?
「つまりはロース様もブリも、正直さんという訳です。それにしても、可笑しな魔法を使えるのですね、ブリ。まぁ、わたくしは使えませんが」
デュヴェルコードは何食わぬ顔で、地雷に近しい発言を口にした。
「………………まさかお前、清き者じゃないから……」
「習得する気がないだけです。只それだけです」
俺の疑心に満ちた呟きを遮り、ドライな態度で即答してきたデュヴェルコード。
今のは、言い訳だろうか。それとも真意だろうか……?
どちらにせよ、この子以上に正直なヤツは居ないだろうが、清き者かと言われると……。
「ま、まぁ良い、思いと選択は魔族それぞれだ。この話はここで切り上げて、もう夜も更けた事だ。今日のところは休むぞ。
スゥーよ、せっかくお前を復活させたのだ。料理長として、明日も絶品を頼むぞ」
俺は気マズくなり始めた話を終わらせるため、スゥーへと話題を振った。
「ブヒュー……お任せを!!」
「あ、相変わらず暑苦しいな」
「暑苦しいと言えば、ロース様! 超火力調理の担当をしていたイフリートが、魔王城の不景気を理由に、就活すると吐かして出て行ったそうなのです! 補充要員として、都合の良い魔族を厨房エリアに回して貰えないでしょうか!」
「今から寝ようと言うのに、どんな話題を持ち出してんだ。イフリートのリクルート話なら、明日にしてくれ」
「ブヒュー……承知っ!!」
「………………もう、お前が超火力調理を掛け持ちしたらどうだ? 強火に負けないくらい暑苦しいし」
俺は適当にスゥーを遇いながら、皆に背を向け厨房エリアの出口へと歩きだした……。
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