32話 食欲旺盛6
厨房エリアにて。
俺は目の前の肉料理に、無我夢中で食らいついていた。
「何なんだよこれ! 凄まじい美味しさだ!」
――パリンッ!
それはもう、空になった皿をナイフで切り割るほどに。
余りの美味しさに、俺は皿が空になった事にも気が付かず、ナイフを入れ続け皿を割ってしまった。
本来であれば、餓死寸前だったブリアーヌを救うべく、厨房エリアに足を運んだのだったが……。
「もっとだ、もっと食べたい! 次の皿だ!」
俺は夢中を通り過ぎ、気づけばブリアーヌに構う事なく、料理を貪っていた。
「ブヒュー、最高の食いっぷり。作った俺も気持ちが良いほど食らいついてくれますな、ロース様」
「料理長、これは最高の料理だ! 気が狂うほど美味いぞ!」
俺は声を掛けてきたスゥーに見向きもせず、次の料理にナイフを入れ、乱暴にフォークで口へと運ぶ。
「こっちも美味い、もう何の肉か分からんが美味い! 激しく美味い!」
「今口に運ばれたのは、『突撃獅子のロース』。筋肉質ではありますが、俺の調理テクニックで柔らかく……」
「うるさいっ! 堪能の邪魔だ! 咀嚼が止まるだろ!」
「………………ブ、ブヒュー。本当に気が狂い始めましたな、ロース様。俺が作っておいて何ですが、俺の飯は他人を狂わせるみたいだ……。美味い飯作って、なんか……すいません」
謎に罪悪感を覚えたのか、頭をボリボリと掻きながら謝罪してきたスゥー。
しかしスゥーの謝罪などお構いなしに、俺は手と口を動かし続ける。
俺はこの世界に転生して以来、特に拘った食事をしてこなかった。
それどころか、日本にいた頃でさえ、贅沢な食生活など送っていなかった。
そんな贅沢とは無縁だった俺の食欲が今、刺激を与えられ、覚醒し、暴走を始めた。
口に運ぶたび美味い。
噛むたびに美味い。
喉越すたびに美味い。
純粋に、この食事が楽しい……!
前魔王は、『皿に盛られた料理と対話する』と、痛々しい名言を残していたらしいが、今ならその表現が少し分かる気がする。
このひと時は、何人たりとも邪魔をしてはならない、言わば儀式。
俺は今、この肉料理と対話している。
「美味い、どれも美味い!」
俺は出された料理に止めどなくナイフとフォークを入れ、次々に口へと運んでいく。
「無いっ……もう無い! 無くなった! あと残すは、大皿料理!」
俺は自分に配膳された料理をあっという間に食べ尽くし、シェアメニューである大皿料理へと手を伸ばす。
そして他の2名の分などお構いなしに、俺は大きなローストチキンのど真ん中に勢いよくナイフを入れ、豪快にフォークを突き立てた。
「ジューシーだ。ひと噛みしただけで、堪らなく旨みが滲み出てくる!」
俺はローストチキン以外に目もくれず、一心不乱に肉を貪り、瞬く間に大皿料理をひとりで平らげた。
「ご馳走さん……!」
全ての料理を食べ尽くし、俺は絶大なる満足感から、椅子の背もたれに体重を預けた。
「あぁ……至福のひと時だった……」
椅子にもたれ掛かったまま、俺は両腕をぶらりと垂らし、真っ白な天井を見上げて余韻に浸る。
これが異世界の飯、いやスゥーの飯。こんな絶品、日本でも味わった記憶がない……!
「お肉を独り占めしたロース様?」
他人がせっかく余韻に浸っている最中、デュヴェルコードが嫌味ったらしく俺を呼んできた。
「何だ……? 皮肉たっぷりのデュヴェルコードよ」
冷静に考えれば、今回ばかりは皮肉を言われても仕方ないかも知れないが……!
「本来の目的をお忘れのロース様、背筋を伸ばしてください。賢者タイムみたくなっていますよ」
デュヴェルコードは更に嫌味を吐きながら、椅子から立ち上がるなり俺の背中を押し始めた。
「賢者タイムか……それも悪くない……」
「ロ、ロース様!? いくら夢見心地の絶品だったとは言え、お気を確かに! 言動がコジルドさんっぽくなっていますよ!」
まるで俺を夢から覚ますように、小さな手で俺の肩を前後に揺らしてきたデュヴェルコード。
「コジルドって、それは……困る。魔王の威厳が損なわれるな。ヨッと……!」
俺は独善的なコジルドを思い浮かべるなり、すぐ様浮かれた気持ちを切り替え、椅子に深く座り直した。
そして同時に、ここへ食事をしに来た本来の目的も思い出し、俺はブリアーヌに視線を向けた。
「ブリアーヌよ、お前も腹は満たされたか? 少しは気力を取りもど……ブリアーヌ?」
見るとブリアーヌは、首の座っていない赤子のように頭を背もたれに預け、静かに天井を眺めていた。
「この子に、いったい何が……!」
全身から、謎の蒼い光を発しながら。
「料理長、まさか余計な物まで食べさせていませんよね? これ、成仏してませんか?」
「いや、死んでないだろ。勝手に殺すな」
「ブヒュー、ロース様のおっしゃる通りだ、デュヴェルコードさん。俺が異物混入など起こすはずもない。俺の飯が美味すぎて、絶命した可能性ならあるがな。ブハハッ」
デュヴェルコードに続き、笑いながら不謹慎な発言をするスゥー。
「揃いも揃ってお前たちは、まったく……」
緊張感のない不謹慎なふたりに、俺は軽蔑の目を向けた。
そんな時。
「――『シンセリティ・ヒール』……」
身動きひとつなく蒼い光りを放つブリアーヌから、ボソボソと魔法の詠唱らしき呟きが聞こえてきた。