32話 食欲旺盛5
俺たち3名の前に並べられた、料理長ご自慢の料理。
「なんだよ、このラインナップは……!」
俺の隣でぐったりと座り込むハーフハーピィのブリアーヌに出された料理は、『鳥尽くし』の品々。
何となく違和感を感じているデュヴェルコードに出されたのは、全て名前に『ロリ』のつく料理。
そして俺に出されたジビエ料理は、全て『ロース肉』。
見るからにどれもご馳走だが、俺はこの料理たちに皮肉しか感じない……!
「スゥーよ、食べる前に確認だ。お前、この料理はわざとか?」
俺は自信たっぷりに料理を並べた料理長に、疑心の目を向けながら質問した。
「ブヒュー、当然! わざと美味い飯を作りました!」
「そうではない、味よりチョイスだ。スゥーよ、お前にメニュー決めは一任したが、軽くバカにしているだろ。私に提供した肉の部位は、ロースばかりだし、デュヴェルコードは……」
「えっ! わたくしの料理にも関連性が? 『ローリエリーフ風味の肉煮込み』に、『ポイズントードのローリング焼き』、『ロリドラゴンのテール炙り』……違和感はあれど、関連性?」
デュヴェルコードは不思議そうな顔をして、ジロジロと自分の前に並べられた料理たちを、順に見回していく。
「いやっ、何でもない。お前の料理は普通かもな……」
俺はその場凌ぎの嘘をつき、デュヴェルコードに真実を隠した。
とても全ての料理に『ロリ』がついているなど、この子に伝えられない。きっと厨房エリアが、戦場と化してしまう……!
「そ、それにだな。私のロースいじりはまだしも、ブリアーヌに関しては共食いに近いだろ。ハーフハーピィ相手に、鳥尽くしの料理を出すか普通?」
俺はブリアーヌの前に並ぶ料理を見つめた後、スゥーに軽蔑の目を向けた。
「わ、私はこの際……食べられるのなら何だって構いません。鳥同士とか気にするほど、空腹と意識に余裕がなくて……」
ブリアーヌは待ち切れない様子で、目の前にあるグリルチキンの皿を、弱々しい手つきで自身の方へ引き寄せた。
「そ、そうか、気にならないのなら構わないが。あとは最後に、この大皿と称したまな板に盛られた料理だ。これが1番酷い」
「と、おっしゃいますと? 御三方に出す大皿料理にピッタリな『不死鳥の丸ごとローストチキン、まな板の上に添えて』だと思いますが、ブヒュー」
「その小洒落た料理名だよ。これは完全にイジりだよな? おちょくりメニューだよな?
ローストは私の名前から、チキンはブリアーヌの種族から、そしてデュヴェルコードは……」
俺は内容を全て話し切る直前で、チラッとデュヴェルコードに視線を配り、言葉を詰まらせた。
「いかがなさいましたか、ロース様。わたくしだけこの大皿に関連性はありませんよ。それとも、何か深い意味でも隠れているのですか?」
「いやっ……確かにこの大皿にも、お前の関連性だけないな」
俺はまたも騒動を回避するため、デュヴェルコードに真実を伝えなかった。
デュヴェルコードだけは、関連性なしという事にしておこう。
だって俺の直感が正しければ、きっとこの子と料理名の関連性は、『まな板』の部分だから。1番タチの悪いイジり方だ……!
「まぁまぁロース様、料理で相手をおちょくる手法は、スゥーさんにとっていつもの事ですよ。でもそれを覆すほど、中身は絶品です。ちょっとしたイジりなど、お気になさらず!」
自分も料理でおちょくられている事も知らず、呑気に俺を励ましてくるデュヴェルコード。
この子の浮かれようを見ていると、『知らない方が幸せ』のモデルに思えてくる。それ代表のワンシーンだな……!
「ブヒュー。ロース様、デュヴェルコードさんの言う通りだ。冷めないうちにご賞味ください。至福の味が削がれていきます」
「そうだな、細かい事は後にして、頂くとしよう」
「やっと、やっと食べられる……。い、頂きます……!」
俺の発言を機に、ブリアーヌはマナーも作法もそっちのけで、グリルチキンに齧り付いた。
「いい食べっぷりだな、礼儀作法など気にせず、今は存分に腹を満たしてくれ、ブリアーヌよ。では私も実食といこう、頂きます」
俺はナイフとフォークを使い、『魔鹿のロース』を一口サイズにカットし、湧き立つ香りを感じながら肉を頬張った。
「な、何だよこれ……。何だよ何だよ! 何だよこれ!」
それはまるで、旨味のダイナマイト。
咀嚼した瞬間、凄まじい美味が口いっぱいに広がり、脳天を貫通するほどの強烈な旨みが刺激を与えてきた。
「本当に何なんだよ! 美味すぎる!」
俺は目の前の肉に、完全に囚われた。
感想の語彙力が崩壊するほど美味いロース肉に、俺はひたすらナイフの刃を入れ、フォークで口に運び続ける。
その単調な動きは、もはや作業と言うより動物的本能。
俺は余計な事など一切考えず、高速で肉を頬張っていく。まるで頭の中が、『美味い』に支配されたように……!
「――美味いっ、美味すぎる。おちょくりメニューのくせに、満たされていく……!」
――パリンッ!
美味しさの余り、俺は完食した事にも気づかず、夢中で空になった皿をナイフで切っていた……!




