32話 食欲旺盛3
料理の盛られた皿を、ウキウキで運んでいたデュヴェルコード。
しかしテーブルを目の前にして、デュヴェルコードはド派手に躓いた。
「――『フロート』、『アトラクション』!」
俺は間もなく床に落ちるデュヴェルコードと美味そうな肉料理を前に、早口で浮遊魔法と引力魔法を唱えた。
床スレスレの超低空を舞うデュヴェルコードと、放物線を描き飛んでいく肉の塊。
一刻の猶予も許されない中、俺が最善と直感した対処は……!
「よしっ、捉えた!」
対象に向けて翳した手の平が、魔法の掛かり具合を感じ取った。
俺の狙い通り、浮遊と引力の両魔法を対象に掛けられたようだ。
「――痛っ!」
俺が肉料理に魔法を掛けた途端、床に万歳ポーズでド派手に転倒したデュヴェルコード。
――パリンッ……。
同時に、デュヴェルコードの両手に握り締められていた皿が、転倒の衝撃であっさりと割れてしまった。
そう、俺が瞬時に判断し、救出を試みたのは、飛んでいく肉料理の方だった。
あの一瞬で双方を助けるなど、俺の力では無理な話。欲張って双方を助けられず最悪を迎えるくらいなら、成功する可能性の高い片方に的を絞るのがベスト。
すまない、デュヴェルコード。見捨てた訳ではないが、お前の自業自得だ……!
転倒したデュヴェルコードに哀れみの目を向けていた矢先、魔法を掛けた肉料理が、俺の手の平に引き寄せられてきた。
「上手くいった、あとは掴むのみ!」
湯気を纏い引き寄せられてくる肉料理を、俺は翳した手の平で受け止め、そのまま優しく掴み取った。
しかし。
「熱っ! あっつ!」
――ボトッ……。
呆気なく地面に落下した、美味しそうな肉の塊。
俺は熱さの余り、せっかく無傷で救いだした肉料理を、遺憾にも床に落としてしまった。
「あっちぃ……! 最悪だ。手の平に軽い火傷を負ったせいで、体力が……」
肉料理を台無しにした上、俺は火傷によるダメージを負ってしまった。
当然、スキル『プレンティ・オブ・ガッツ』が発動し、俺の体力は残り僅かとなってしまった。
今に始まった事ではないが、本当に使えないスキルだ。
美味そうな肉を目の前でお預け食らった時くらい、空気読んで発動するなよ。このお気の毒スキルが……!
「それより、大丈夫かデュヴェルコード」
割れた皿をいつまでも握り締め、転倒したまま床に突っ伏すデュヴェルコード。
恐らく軽傷だろうが、リアクションひとつ取る気配がない。
突然の転倒に頭の整理がつかず、現実を受け止められないのか。それとも皆の前でド派手にすっ転んだ事により、耐え難い恥ずかしさがこの子のプライドを貪っている最中なのか。
思わぬ自分のミスに、パニックを通り越して思考が停止したのか。
何にせよ、この子が静かなのは逆に芳しくない……!
「た、立てるか? 大丈夫か?」
俺はデュヴェルコードが癇癪を起こさないよう、慎重に様子を探ってみる。
するとデュヴェルコードは、無言でゆっくりと腰を上げ始め、割れた皿を握り締めたまま、その場に正座した。
「ロース様は、側近であるわたくしのピンチより、出された料理の心配ですか。ピンチの美少女より、目の前のご馳走ですか……」
顔を俯かせ、まるで呪文でも唱えるかのように、皮肉を口にしてきたデュヴェルコード。
「い、いや、どの道あのタイミングでは、お前の転倒を阻止できなかった。間に合う可能性のある料理に、的を絞ったのだが……。しかしその結果、料理を落としてしまったが」
「そんなもの、落ちて3秒以内に拾って召し上がれば、害はないのに。わたくしの心は傷つきました」
3秒ルールの事だろうが、無害なわけないだろ、みっともないわ。魔王が床に落ちた料理を、意地汚く3秒以内に貪るなんて……!
「デュヴェルコードさん、そう気を落とすな、ブヒュー。また作ってやる。それに不幸中の幸い、今落としたのはロース様にお出しする飯じゃない。お前に出す予定だった飯だ、デュヴェルコードさん」
鼻息荒く、余計な事を口走るスゥー。
何だか、更に嫌な予感が。いらん事言うなよ、この小太りシェフが……!
「………………『オブジェクトリペア』」
依然として俯いたまま、デュヴェルコードは静かに修復魔法を唱え、手に握る割れた皿を元の形に直した。
「割れたお皿は元に戻せるのに、その落ちたお肉はもう戻りません。ロース様はわたくしを見捨てた挙句に、わたくしのお肉まで見捨てたのですね」
「おいっ、言い方……決して見捨てた訳では」
「どうして取り返しのつかない事ばかり選択するのですか! 皿は戻るのに、お肉は戻らないのに、わたくしの機嫌も戻らないのに! 食べ物の恨みと、乙女の恨みが、どれだけ怖いものか教えて差し上げましょうか!」
デュヴェルコードは紫色のオッドアイを光らせながら、俺をキッと睨みつけ、直したばかりの皿を。
――パリンッ!
床に投げつけ、再び割ってしまった。
「お、落ち着け! 何のために直したんだよ、その皿! 私の肉を分けてやるから、一旦落ち着け!」
俺はデュヴェルコードの怒りを鎮めるよう、両手を小刻みに上下させた。
そもそも事の発端は、お前が調子に乗って躓いたのが原因だろ、このお約束エルフが……!
「――うぅ……お、お腹が、お腹が……」
デュヴェルコードが怒り狂う最中、ブリアーヌの様子を見てみると。
「お腹が、お腹が……」
椅子の上でひとり、空腹と激闘を繰り広げていた……。
「デュヴェルコードよ、色々救ってやれなかったが、今は救えるブリアーヌを助けてやろう。席について食事にするぞ」