32話 食欲旺盛1
「――いいか下っ端共、いつも通り迅速に働け! 厨房を回すぞ!」
厨房にいるゴブリンやインプたちに向け、大声で号令をかけた、料理長のスゥー。
「これからロース様たち御三方に、最高の料理を提供する。いいか、これは高貴な晩餐だ、しくじりも手抜きも決して許されないからな! 自分の担当を完璧に熟せ!」
スゥーは気合いを伝染させる様子で、下っ端たちに向け片手を翳した。
しかしスゥーの気合いが伝染するどころか、下っ端たちは溜め息を吐きながら、のらりくらりと活気なく手を動かし続ける。
すると、先ほどスゥーにエプロンを手渡したインプが。
「料理長。我々キッチンスタッフ一同、料理長のご復活を心より喜んでおります。しかし蘇生して間もないお体です、どうかご無理をされないように……」
軽く頭を下げながら、スゥーの体調を気遣う挨拶を口にした。
口先だけの気遣いだろうか。下っ端たちの様子を見る限り、とても復活を喜んでいるようには思えない。揃いも揃って、一同溜め息だったし……!
「ブヒュー。誰が持ち場を離れていいと言った、下処理担当。他人を心配する余裕があるのか?」
インプに見向きもせず、スゥーはドスの利いた声で脅しをかける。
「うぎゅっ……! い、いえ、そんなつもりは」
「お前だけじゃない……全員だっ! 俺が不在の間に、随分と温い厨房になったもんだ。ロース様に召し上がってもらう飯だぞ、それを作ってんだぞ。なに沈んでんだ! しかもロース様の見てる前で!
笑え! 魂を燃やせ! 暗い顔して作った飯を、いったい誰が快く口に運んでくれるんだ! 過程から皿の上を不味くしてどうする!」
メラメラと湧き立つ熱いオーラを纏い、下っ端たちに怒声を放つスゥー。
「「「「う、うわぁーーーーっ! 調理は楽しいなぁーーーっ!」」」」
スゥーが怒鳴り散らした途端、下っ端たちの挙動が一変。
無理やり作ったような偽の笑顔を浮かべ、全員テキパキと手を動かし始めた。
暗い顔つきはなくなったが、どの道この偽りの笑顔で作られた料理を、快く口に運べる気がしないんだが……!
「ブヒュー、見苦しいところを見せました、ロース様。しかしご安心ください。皆、笑顔で張り切っています。きっと極上の料理ができます、ご期待を!」
スゥーは首だけを俺の方に振り向かせ、鼻息荒く期待を仄めかす。
「そ、そうなのか?」
「そうなのです! それでは俺も調理に移ります。俺の本気飯、腕に縒りをかけて準備します、暫しお待ちを!」
スゥーは中華包丁のような、ぶっとい包丁を手に持ち、俺に背を向け調理場へと移動した。
「ロース様、料理長の気が散ってもいけませんから、わたくしたちは食堂で料理の完成を待ちましょう。他の下っ端たちも、ロース様の視線があっては緊張するでしょうし。現に緊張が伝わってくるガチガチっぷりです」
「あ、あぁ、そうするか。下っ端たちの緊張は別の要因だと思うが……」
まな板ごと肉の塊をぶった斬るスゥーを尻目にかけながら、俺は少しの不安を抱きつつ厨房を後にした。
そして厨房の隣に設けられた食堂に入り、辺りをぐるっと見回した。
「清潔感はあるが、何だろう……殺風景だな」
真っ白なテーブルクロスの掛かった机に、何も飾られていない真っ白な壁。
並べられた机と椅子の他には、セルフコーナーが壁際に設置されているくらいで、あとは特に何もない。
「取り敢えず、席に着きましょうか。あの真ん中の一等地なんて如何でしょう」
「そうだな、あの席にしよう」
俺たちは机の間を通り、デュヴェルコードの指定したど真ん中の席へと移動した。
「ロース様、どうぞこちらへ」
到着するなり、透かさずデュヴェルコードがエスコートするように、1脚の椅子を後方へと引いた。
「助かるぞデュヴェルコード。まずはブリアーヌを席に着かせよう」
俺は背中に負ぶっていた無気力なブリアーヌを、引かれた椅子の上に丁寧に座らせた。
「それにしても、色味ひとつない食堂だな。装飾品もなければ、机も壁も真っ白だ。これでは逆に、落ち着いて食事が出来ない気がするぞ」
俺は軽い不満を漏らしながら、ブリアーヌの隣に着席する。
「何をおっしゃるのですか。ロース様が無駄に配色するなとか、絵なんて飾るなとか、ご命令されたのですよ」
「えっ、私が?」
俺は即座に嫌な予感が働き、呆れた様子のデュヴェルコードに視線を向けた。
「はい、ロース様が長い眠りに就く前の事ですので、お得意の記憶にないパターンでしょうが……。『美しく彩られるのは、皿の上に盛られた料理だけで十分だ。他は全て色を消せ。盛られた料理と対話するのに、気が散るだろ』と、おっしゃいました。
皆んな渋々ロース様のご命令に従い、食堂を真っ白に改装しましたが、内心では何言ってんだと、皆んな思っていました」
当時の嫌気を思い出した様子で、デュヴェルコードは大きな溜め息を吐いた。
ほんと、何言ってんだよ、前魔王。コジルドじゃあるまいし、何が『盛られた食事と対話』だ……!
「ご、後日で構わんから、花瓶や絵でも飾りつけてくれ。装飾の好みは、皆に任せる」
デュヴェルコードの目を真っ直ぐ見る事ができず、俺は遣る瀬無い感情の中、額に手を添え前魔王の命令を塗り替えた。
そんな時。
「………………んっ? 何だか、食欲をそそられる香りが」
厨房の方から、食欲を刺激する美味そうな香りが漂ってきた……!




