31話 友達感覚7
デュヴェルコードの蘇生魔法により、魔法陣の中央にオークのシルエットが浮かび始めた。
「デ、デカいな……」
黒いシルエットを見る限り、この魔王の体格と同等か、もしくはそれ以上か。風格あるガタイが、魔法陣の中でみるみると形づいていく。
さすがはオークジェネラルと言わんばかりの、豊満な巨体だ。
「もう間もなくです、ロース様」
「あぁ、そのようだな」
俺が返事した途端、オークジェネラルの体が完全に出現し、静かに魔法陣は消失した。
「ロース様、そしてブリ、ご紹介します。このオークジェネラルが、厨房エリアボスにして料理長の、スゥーです」
復活ホヤホヤの立ち尽くすスゥーに向け、デュヴェルコードは片手を翳した。
するとスゥーは大きく深呼吸をし、鼻の両穴から煙のような吐息を吹き出した。
「ブヒュー……! 俺は、蘇ったのか……?」
自身の両手を交互に見つめながら、ドスの利いた声を発したスゥー。
大きな豚鼻に、剥き出した太い牙。張りのある太鼓腹。
全てが通常のオークとは規格外、とにかく至る所が分厚い。
「――フハハッ! そうであるぞ、スゥーよ! 二流勇者に敗れた貴様を、訳あって復活させたのだ。感謝するがいい、この小太りシェフめ!」
突然俺の背後から、なぜか自分の手柄のように威張り始めたコジルド。
依然として汚泥塗れの前半身にも関わらず、堂々とした趣で、マントを靡かせながらスゥーへと歩み寄り始めた。
「何でコイツ、自分の手柄感出してんだ?」
背後から追い越して行くコジルドに聞こえないよう、俺は小声でデュヴェルコードに語りかけた。
「さぁ……出しゃばりと独善はいつもの事ですから。てか居たのですね。ここへ来る前から、特に誰かが誘った訳でもないのに、謎に着いて来るなぁとは思っていましたが……!」
デュヴェルコードも俺の声量に合わせ、ボソボソと思いを呟いてきた。
「――ブヒュー。お前は、コジルドか?」
「フハハッ! 久しいな小太りシェフよ。相変わらず貴様は、ダラシない出っ腹をしておるな。あの世でもダイエット不足であったのか?」
「余計なお世話だ、ブヒュー。口にニンニクでも詰めてやろうか、ウザがられヴァンパイア」
「な、何だと! 貴様の方こそ調理してやろうか、この……鼻の穴デッカチンが!」
ムキになった様子でコジルドも言い返すが、子供の口喧嘩レベルの悪口しか出なかった。
絞り出した悪口のようだったが、コイツのボキャブラリーはどうなってんだ……!
「それよりお前、そんな汚い泥塗れな格好で、俺の厨房に入って来るな。不潔は出て行け。ミンチにしてやろうか、ブヒュー」
「図に乗るでない、肥満シェフ! その前に貴様を、我の愛槍で串刺しにしてやるわ!」
復活して間もないと言うのに、どんどん言い争いをヒートアップさせていく、コジルドとスゥー。
「お前たち、いつまで口喧嘩する気だ、そろそろ止めないか。コジルド、お前は目に映る全てに喧嘩を売らないと、気が済まない病気なのか? スゥーも、せっかく復活したのに、コジルドの相手などするな」
俺は話が進まないと判断し、ふたりの仲裁に入った。
仲裁と言っても、ほとんどコジルドの落ち度しか並べなかったが……!
「ブヒュー……! その懐かしいお声、懐かしいお顔。ロース様、お久しぶりです。無事にお目覚めになったのですね」
俺の存在に気づいたのか、スゥーはドスの利いた声をそのままに、腰を低くしながら頭を下げてきた。
「あぁ、お前も復活おめでとう。しかし残念な事にだな、私にとってお前とは初めましての感覚なのだ」
「ブヒュー……? それはどういう事でしょう」
スゥーは首を傾げながら、疑問に満ちた顔つきで俺たちへと近づいてきた。
「わたくしが説明致しましょう。ロース様は長い眠りからお目覚めになった時、過去の記憶を失っておりました。以上です」
「ブヒュー……せ、説明ってそれだけか? まるで肉のブツ切りみたいな、ざっくり説明だな」
「行く先、行く先で、ロース様の頭ポカン状態を説明してきました。もうこの件は飽き飽きです。
どうせスゥーさんも、仰天して驚いたり、ショックを受けたりするのでしょ? 分かりきった展開ですので、端折りましょう」
デュヴェルコードは片足で貧乏揺すりをしながら、スゥーにセカセカと早口で説明していく。
この子にとってはいつもの事だが、自然なほど不自然な説明だったな……!
「ブ、ブヒュー……もう俺、驚けないじゃん。デュヴェルコードさん、お前、見ないうちに冷たくなったな。冷徹な姉の影響か? まるで凍らせたフォークのように、冷たく尖っているな。むしろそっちに驚くぞ」
頭を片手でボリボリと掻きながら、困り果てた様子のスゥー。
「ブヒュー。ロース様、差し支えなければ、後で何があったか教えて頂きたい」
「分かった、後でな……」
俺までデュヴェルコードの端折りに釣られ、スゥーへの経緯説明を見送った。
「それでロース様、デュヴェルコードさん。何故、俺を復活させた?」
「良い質問です、スゥー。わたくしたちに、最高の料理を提供してください。そのために復活させたのです」
「ほうほう、俺の飯を食らいたいと」
「はい、その通りです! 頼みましたよ、スゥー。いいえ……料理長!」
またも不要な補足など一切加えず、淡々とした説明で終わらせたデュヴェルコード。
しかし、デュヴェルコードが依頼するなり。
「料理長っ……俺は料理長っ……俺は料理長!」
両目をメラメラと燃やしながら、スゥーは天井に向け雄叫びを上げた。
「――ロース様、何が食いたい! 何を欲する! 俺に何を所望する!」
突然気でも狂ったかのように、暑苦しいガッツポーズを取りながら、大声を張り上げたスゥー。
コイツ、会ったばかりなのに、キャラ変わってないか……?




