31話 友達感覚5
お腹を抱えてその場に膝をつくなり、凄まじい空腹音を鳴らしたブリアーヌ。
――グウゥゥゥ……。
空腹をアピールしているのか、立て続けにブリアーヌのお腹から音がなる。
「お腹が、お腹が……空いたよ……」
「ビックリさせないでくださいよ、ブリ。急にお腹を抱えて唸ったりするから、何事かと思いました」
「お、驚かせてごめんね、デュヴェルコードちゃん。でも私、そのくらい疲れと空腹がピークで……」
「気にしなくていいですよ。空腹なら病気でもありませんし、問題なしですね! ささっ、城内巡りを再開させましょう!」
「………………あ、えぇぇ」
膝から崩れ落ちるほどの空腹など、お構いなしのデュヴェルコード。
そんな他人事のように遇われたブリアーヌは、言葉もなく顔を引き攣らせる。
「デュヴェルコードよ、お前は鬼か。腹を抱えて唸るほどの空腹だぞ。あんなド派手な空腹音を鳴らした直後に、ブリアーヌが立てる訳がないだろ」
ブリアーヌの引き攣る顔を見ていられなくなった俺は、デュヴェルコードに注意喚起をした。
「た、確かにそうですね、もの凄くお腹空いてそうです。失礼しましたブリ。空腹なんて、気の病かと思いまして」
「気の病程度で、膝から崩れ落ちる訳ないだろ……。デュヴェルコードよ、何か食わせてやれ」
「かしこまりました。では厨房エリアに向かうとしましょう」
「あぁ、そうしてやれ」
「そこで提案なのですが、ロース様もご一緒しませんか? 記憶を失われて以来、厨房エリアにはまだ足を運ばれていないはずです」
「そうだな、厨房エリアはまだ見た事がない。それに、ドンワコードとの激闘でかなりのエネルギーを費やした。私も同行して食事をする事にしよう」
「決まりですね! ブリも宜しいですか? 皆んなで食事すると、きっと楽しいですよ! テーブルを囲んで、楽しくワイガヤ致しましょう!」
デュヴェルコードはその場にスッと立ち上がり、膝をついたままのブリアーヌに笑顔を向けた。
「う、うん。きっと楽しいと思うから……。だから、早く……」
ブリアーヌは依然として腹を抱えた体勢で、瞳に涙を溜めながら顔だけをデュヴェルコードに向けた。
「泣かないでください、ブリ。皆んなで食事をするのが、楽しみで仕方ないのですね!」
違うだろ。この子は今、戦ってんだよ。耐え難い空腹と、もたつくお前の進行を相手に……!
「ブリアーヌよ、立てるか? 無理なら私が背負ってやるが」
「お、お言葉に甘えて……。立てません」
「仕方ない、落ちないよう捕まっていろよ」
俺はブリアーヌの身体を持ち上げ、軽々と背後へ回した。
「では城内巡りも兼ねて、歩いて参りましょう」
デュヴェルコードは先陣を切るように歩きだし、俺たちもその後に続いて移動を開始した。
「厨房エリアか。いつもは運ばれて来た料理を何気なく食していたが、その料理を作る風景なんて、想像もした事がなかったな。
いったい、どんなヤツが調理しているのだ? 厨房を任されたエリアボスが調理しているのか?」
俺はブリアーヌを背負い歩きながら、前を歩くデュヴェルコードに質問する。
「いいえ、今の厨房エリアにボスは居ません。チンピラ勇者に倒されました」
「はぇっ? では今まで私に出していた料理は……」
「冷凍料理ですね。厨房エリアボスを務めていた料理長が、倒される前に作った大量の料理を、氷結魔法で冷凍保存しているのです。
その冷凍料理を火炎魔法で解凍させ、ロース様の前に配膳しておりました」
まるで、お手軽な冷凍食品だな……!
「で、ではその料理長を蘇生しに行くのだな?」
俺が質問するなり、突然デュヴェルコードが立ち止まる。
そして数秒後、勢いよく俺に振り向き、雷撃でも食らったような驚きの表情を見せてきた。
「ロース様、珍しく名案です! そうですよ、態々冷凍料理を解凍させなくても、復活ホヤホヤの料理長に、出来立てホヤホヤの料理を提供させれば良いのですよ! その方が絶対に美味しいです!」
ひとりで納得しているようだが、俺の質問があるまで、この子は代わり映えのない冷凍料理を出させるつもりだったのか?
態々こちらから厨房エリアに出向いてまで。しかも魔王を誘っておいて……!
「では厨房エリアボスを叩き起こして、早急に調理させましょう!」
「早急にって。気の毒だな、そのエリアボス。いったいどんなヤツなんだ?」
「厨房エリアボス、即ち料理長は、オークジェネラルという種族です」
「ジェネラル? オークの上位種か」
「はい。彼のゴツい手に掛かれば、例え相手が食材であろうと、敵であろうと、ミンチは必須。豪快且つ繊細なその包丁捌きは、正にパフォーマンス。熱と力で場を圧倒する、勇猛果敢なオークジェネラルです」
「説明を聞く限りだと、荒削りや力任せと言った印象だが、なかなか情熱を感じるエリアボスだな。しかし、そんなオークジェネラルでも、勇者ンーディオには敵わなかった訳か。それで、調理師としての腕は確かなのか?」
「勿論です。あらゆる植物や動物、そして魔獣までも、彼の技巧に掛かれば、美食のご馳走へと変わります。その彼の名は……」
期待度を上げてくるデュヴェルコードの語りに、俺は固唾を飲み続きを待った。
「彼の名は『スゥー』。厨房エリアボスを務める、料理長『スゥー』です。早く蘇生させて、シェフのスペシャリテでも作らせましょう!」
「………………料理長なのに、スゥー?」
――えぇっと、これは……!
料理長と偽る、副料理長だろうか……?




