31話 友達感覚4
「――ペナルティ……! 許さぬぞ、貴様ら。我の報復を、その身に受けてもらう!」
濡れ衣を着せられたゴブリンが逃げ去って間もなく、通路の先からコジルドの怒声が聞こえてきた。
「今度はアイツかよ、今日は絶え間なくイベントが発生するな」
コジルドの声色から察するに、恐らく先ほどデュヴェルコードに吹っ飛ばされた事を、根に持っているのだろう。
とても穏やかな声とは思えなかった。
「まさか、またあの強面のイケメンが来るの? デュヴェルコードちゃん」
「十中八九そうでしょうが、心配には及びませんよ。ブリに危害を加えるようなら、わたくしが丸っとサクッと片付けます」
デュヴェルコードは自信満々に、自身の胸をトンッと片手で叩いた。
すると通路の先から、ドタドタと落ち着きのない足音が……。
「来たな、コジルド……って、汚っ!」
近づいて来るコジルドの姿を視認するなり、俺は思わず声を荒げた。
その姿はまるで、沼から這い上がってきた、怒り狂う泥塗れの獣。
「い、いったい、どうすればそこまで汚れる事ができるのだ、コジルド」
「どうもこうもありませぬ! 先ほどそこの側近小娘に吹っ飛ばされた時、通り掛かった『汚泥スライム』にぶつかった挙句、そのまま壁に衝突し我の腹部で潰れたのですぞ! お陰で我の前半身は、この有り様、汚泥塗れ! いったい、どう責任を取るつもりだ、ロリフレンズ!」
コジルドは怒気を剥き出し、汚れた自身の体を指差しながら猛アピールする。
「そう騒ぎ立てるな。必要以上に突っ掛かり、聞き分けもなく屁理屈を並べたお前も悪かっただろ。その後の『汚泥スライム』に関しては、まぁ不憫と言うか、気の毒だが」
「そうですよコジルドさん、言い掛かりは止めてください、自業自得です。しかし見方を変えれば、コジルドさんの愛してやまないお気に入りマントは無事でしたね。不幸中の幸いですよ。ちょっと汚泥臭いですが」
「この有り様で、ポジティブ思考になれるヤツが何処にいる! もしも『汚泥スライム』が我の背中で潰れていたら、こんな温い怒りでは済まなかったところだ!
この反省の色も見えぬ小娘め、貴様こそ不幸中の幸いであったな!」
胸の前で両腕を組みながら、半身の体勢でデュヴェルコードを睨みつけるコジルド。
「何で最後、ちょっと励まして来たのですか。わたくしがコジルドさんに励まされる所以なんて……」
「皮肉だ、嫌味だ! なぜ我が、逆に貴様を励まさなくてはならんのだ!」
「おいコジルド、少し落ち着け。不運にも泥だらけになって、腹を立てる気持ちは分かるが、これ以上食って掛かるな」
いつまでも怒鳴り散らすコジルドを止めるべく、俺はコジルドの肩を掴んだ。
「ロース様、この側近小娘の肩を持つ気でありますか! 物理的には我の肩を持っているのに!」
俺はただ、穏やかでいるデュヴェルコードが、躍起になるのを防ぎたいだけなんだが。
この子まで憤怒してしまうと、きっとまた両者譲らず大騒ぎになってしまう。
正直これ以上の騒動は、本当に御免だ。今日は早く休みたいのに……!
ここへ来て、俺は今日1日の疲労をドッと感じた。
そんな時。
「ねぇ、デュヴェルコードちゃん。このヴァンパイアさん、会った時からずっと怖い。イケメンなのに怖いし、イケメンなのに何だか臭いし、イケメンなのに色々もったいないし……」
デュヴェルコードの背後に隠れながら、ブリアーヌがボソボソと呟いた。
そんなブリアーヌを前に、何故かコジルドは深呼吸し、片手で自身の後頭部を掻き毟り始めた。
「ほ、褒めても何も出ぬぞ、ヒヨッコ娘」
少し顔を綻ばせ、そっぽを向くコジルド。
またかコイツ、なに『イケメン』ワードに照れてんだ。それに褒められてないだろ、ディスられてんだよ……!
きっと『イケメン』に気を取られて、ディスられている事にすら、気付いてないのだろうな。
しかし、ブリアーヌのひと言で、場が鎮静化されたのは明白。意図的に呟いた訳ではないだろうが、この子のお陰で助かった。
コジルドの激昂も収まり、この場は最小限の言い合いで、事なきを得ようとしていた。
そんな時。
「うっ、うぅぅぅ……!」
突然ブリアーヌが唸り声を発し、お腹を抱えながらその場に膝をついた。
「………………どうしたのですかブリ! 腹痛ですか? 腹の虫が治まらないのですか!?」
一瞬の戸惑いを見せるも、デュヴェルコードは素早くしゃがみ込み、ブリアーヌの背中を摩る。
腹の虫が治まらないって、どんな心配の仕方だ。それは怒りが抑えられない時の表現だろ……!
「お腹が……お腹がっ……!」
「ロース様、大変です! 今度はブリのお腹が大変らしいです!」
デュヴェルコードは俺に視線を向けながら、ブリアーヌの背中を摩ったり叩いたりを繰り返す。
だが、そんなデュヴェルコードの心配を他所に、数秒後。
――グウゥゥゥ……。
「お、お腹が……空いた……」
ブリアーヌから、凄まじい空腹を訴えるような音が鳴った。